七五三のお祝いのために、大きなお寺やお宮に参詣の後に、福性寺のご先祖様にご報告のために墓参においでになるご家族が多いです。
ところで、私の尊敬するシアトル高野山(https://seattlekoyasan.com)の今中太定(たいじょう)師から「シアトル高野山2017年11月ニューズレター」が参りました。転載します。
食糧事情、衛生事情、医療事情が、現代とは比べものにならないぐらい悪かった昔は、幼少期を無事に生き抜くということが本当に難しく、江戸時代でさえ平均寿命は30〜40歳だったと言われています。7歳までの乳幼児死亡率が高かったのです。 12代将軍徳川家慶には、27人の子供(14男13女)がいましたが、成人したのは後の13代将軍家定ただ一人でした。
千歳飴の袋に、何かのスーパーヒーローではなく、笑顔で元気そうなおじいさんとおばあさんの絵があるのは、山あり谷ありの道のりの果てに、なんとか我が子に「そこ」に辿り着いてほしいという、切なる親の願い。それは今も同じじゃないかなあ。
合掌 太定