昨日は檀家様の七回忌法要を執式しました。
土曜日と日曜日は、原則として本堂の玄関を開けます。

福性寺本堂玄関 格天井です 中央にお賽銭箱と虫よけスプレー 左にはスリランカの奨学生から届いた絵画と在インド・チベット人奨学生のポートレート 右にはウォーターサーバー ポスターは 右 仏教徒海外奨学金(平成3年/1991年設立)と 左 堀船郷土史平成増補版(平成28年/2016年発行)に関するもの
昨日朝のことです。早朝からお墓参りに来られた女性が、お賽銭(さいせん)をあげるために本堂の階段を上がってこられました。月に何度も熱心にお参りに来られる方です。
本堂前の階段は、中央に手すりはあるものの、6段あります。お身体のご様子を拝見していると、上り下りがなかなか大変そうです。
福性寺の本堂の落慶式は、昭和39年(1964)です。資金が不足していたため「1階を客殿、2階を本堂」にする案を断念し、本堂のみを建設したという経緯があります。
そのお参りの女性が、しみじみと仰いました。「本堂が1階にあって助かります。おかげさまで、ご本尊様を近くで見ることができますから」
確かに、2階に本堂があるお寺では、見上げるような階段が続いているところも少なくありません。大抵は階段下にもお賽銭箱が置かれています。やはり1階にあれば、ご本尊様の姿をしっかりとこの目で確かめてお参りすることができます。敗戦後20年も経たない頃、資金不足のなかで建てた本堂でした。巡り巡って今、足元のご不自由な方を助ける結果になっていたのです。
熱心にお参りされるお姿に、つい「アウトロー(笑)」な住職の本音が出てしまいました。「月に何度もお参りいただいていますから、お線香代の中にお賽銭も含まれています。お賽銭はもう、お気になさらなくて良い(つまり、不要)ですよ」すると、檀家様はこう仰るのです。「奨学金に、わずかですが協力させてください」「微力ですが、どうか届けていただけますように・・・」
「お賽銭はアジアの子供たちの奨学金になります」 そう書いた掲示を自ら出しておきながら、住職である私がその原点「喜捨(きしゃ)の大切さ」を忘れていたのです。
以下、少し大げさな表現になるかもしれません。福性寺の檀家・信徒となり、お布施や浄財を納めていただくことは、そのまま「地域やアジアへの社会貢献活動」へと直結しています。これこそが、本当の意味での「喜捨」ではないかと考えています。それは仏教者が果たすべき「社会的責任(BSR: Buddhist Social Responsibility)」であり、大乗仏教の根本である「利他の精神」を、皆様と共に実践することにほかなりません(偉そうなことを書いて、ごめんなさい)
なお、福性寺の会計は透明性が高いです。檀信徒総代の皆様に公開しています。
それにしましても、私の方こそ、檀家様から教えていただくことばかりです。
仏教徒海外奨学基金
令和3年2021年10月11日「仏教徒海外奨学基金」 在インドチベット人学僧からのメール Tashi Delek!https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/9956
平成28年2016年10月31日 スリランカ サンガラタナ師(B. Sangaratana Thero)にご読経頂きました 奨学金https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/255
平成28年2016年4月25日Bodhipala師が来寺 インドの子供に奨学金ttps://fukushoji-horifune.net/blog/archives/36
宗教法人会計
令和元年2019年12月25日お通夜と葬儀の読経のある「直葬」https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/5015
平成30年2018年3月6日総代様会 透明性の高い法人会計 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1036


