真言宗豊山派白王山中台院福性寺真言宗豊山派白王山中台院福性寺
  • おばあさん、おじいさんとも歩きたい(陳情中)

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2019年11月17日

11月13日に乳癌について書きました。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4715

乳癌についてもう少し書きます。

乳癌は欧米の白人女性では、8人に1人が一生のうちに罹患(りかん=病気にかかる)します。

日本人でも、とても増えてきています。14人に1人が罹患します。最近の特徴・傾向は、高齢になりましても、罹患率が下がってこないことです。

私たちの研究でも、乳癌以外の死因で亡くなった高齢女性(剖検例)には、6%に乳癌がありました。つまり、一般の高齢女性には、ごく小さな癌0.1㎜以下を含めて、癌がすでに100人に6人にはできていると言うことです。このまま育たないかもしれませんが。

でも、乳房(にゅうぼう)は二つあります。左右で硬さを比較することができることから、発見は容易です(左右の両方に乳癌があることはまれです)。入浴時など左右の硬さを比較して下さい。また、左右で形が違ってしまうこともあります。エクボのようにへこんで見えることもあります。乳頭(乳首)の位置や高さが違ってしまうこともあります。

公益財団法人がん研究会のシンボルマーク がん研究会の発足は明治41年1908年です 最近のがん研有明病院には新しいシンボルマークもあるようです 刀の鍔(つば)です カニはシオマネキらしいです(がん研究会のHPから)私の目には「癌を切り取る外科医=正義の味方」に見えます

「公益財団法人がん研究会」のシンボルマーク  刀の鍔(つば)シオマネキらしいです「がん研究会」の発足は明治41年1908年です(最近の「がん研有明病院」には新しいシンボルマークもあるようです)シオマネキは私の目には「癌を切り取る(外科医?)正義の味方」に見えますけれど がん研病院には研究会やお見舞いで何度もお世話になっています

早く見つければ、手術しても乳房の形はそのままです(温存手術)。また、大きさが2㎝以内でリンパ節転移がなければ(早期の癌)、ほとんど治すことができる癌です。大きさが2㎝でも、乳癌は硬いので、わかりやすいです。また、さらに進行した癌でも、予後(治療の後の結果・状態)は比較的良い癌です。

前回の記事の奥様には、ご病気の相談をしてほしかったです。よくお話をしている奥様でしたけれど、私の「お話のし方・話しぶり」が悪かったのかなと!とても反省しています。いかに進行していても、乳癌は治る可能性の大きい癌です。5年以上、10年以上生きることのできる癌です。

皆様もカニ料理やワタリガニパスタを食べた日のお風呂では、乳癌の自己検診をお願いします。また、マンモグラフィーの定期検診もお願いします。

このブログをお読み頂いた皆様は、乳癌で亡くなることがないですね。

男性の乳癌もあります。胸にしこりを感じましたら医師を訪問して下さい。

ちょっと昔になりますが、施餓鬼会における「福性寺健康長寿講演会」で乳癌ついてお話を頂いたことがありました。お寺の本堂!ご本尊様の前で、乳房がスクリーンいっぱいに大写しになって、ちょっと不思議(?)でした。

重ねて乳癌で亡くなることのないようにしたいですね。


2019年11月14日

昨日(水曜日)午後1時半ごろに、川崎市宮前区の「観光案内人」様などが、隅田川沿いの歴史散歩のためにおいでになりました。

事前に、50名ほどの皆様がおいでになるとお聞きしていました。研究所から戻り、お接待をしました。本堂の玄関を開いただけですが。

また、「梶原塚」をご説明しました。その後、福性寺で最も古い(1339年)板碑を見て頂きました。もちろん、ご本尊様に参拝頂きました。

福性寺の延命地蔵様と左六阿弥陀地蔵様の説明中です

川崎市宮前区の皆様の後ろ姿 福性寺の延命地蔵様と左六阿弥陀地蔵様の説明中です 白山神社のケヤキの紅葉がきれいです 皆様!健康で長生きをできそうですね

ご本尊様にお参り頂くことは、寺では「最高の歓迎」の意味があります。このため、本堂玄関を開けました。

「福性寺の歴史第7版」(無料、136ページ)を差し上げました。20冊以上お持ち帰り頂きました。さっそく本を開いて実物と照らし合わせている方!有難かったです。ご本尊様(大日如来)の来歴もご紹介しました。

また、本堂玄関のお水・アクアクララをご接待しました。給水器の位置をご案内しただけですけど。

平成28年・2016年11月12日の福性寺健康長寿講演会(下記リンク)における青柳幸利先生によると、介護予防や認知症予防には、歩くこと(7‐8千歩程度)はとても効果があると言われています。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/262

ご来寺頂きました皆様のご健勝をご本尊様にご祈念申し上げました。

やはり、今回のように、たくさんの皆様でご来寺頂く時は、事前にお知らせ頂くと有難いですね。


2019年11月13日

墓地の散歩は心が安らぎます。住職にとっての精神安定剤です。

乳癌(にゅうがん)で亡くなった奥様のおいでになるお檀家のお墓の前で思い出しました。

色が白くて、とても優しいお母様でしたね。たおやかでした。そのためか、「癌と診断されるのが怖かったので、病院を訪問しなかった」とご生前に聞きました。住職は医師として何の力にもなることができませんでしたね。

ところで、乳癌というと、必ず!思い出すことがあります。

ワタリガニパスタ

ワタリガニパスタ 東京都健康長寿医療センター(板橋区)の近くのイタリアンレストランで食べました とても美味しかったですね 見ただけでもよく冷えた白ワインを飲みたくなりますか?

イタリアンレストランでは、カニのパスタを時々食べます。「スパゲッティを少なくして」とお願いします(年齢を感じます)。

実は、カニのパスタを見ると、思い出すのは「乳癌(などの進行癌)」です。乳癌からカニを連想することもあります。

もともと、カニ(Crab)と癌(Cancer)は、とても関連のある言葉(同じ語源)です。6月の終わり(22日)から7月の終わりに生まれた皆さんの星座は、「かに座」です。The crabでもCancerでも通じますね。

癌はカニの甲羅のように硬いです。進行すると癌の周囲に大きな血管ができてきます。癌を養うためです(栄養血管)。血管がカニの脚のように見えたのでしょうか?

食欲がなくなる話題でごめんなさい。しかし、私は思い出しても、美味しく頂いています。

ところで、釈尊(お釈迦様・ブッダ)や釈迦族(シャーキャー族)の人々は、パスタやパンなどの小麦ではなくて、私たちと同じお米を食べていたと言われています。お父様のお名前が、中国では「浄王」ですから、やはりそうかなと。

次回以降に、医師として乳癌についてもう少し書きます。


2019年11月10日

昨日(11月9日・土曜日)、4月23日の施餓鬼会「健康長寿講演」の演者でもあった東京都健康長寿医療センター研究所副所長である新開省二先生にご講演を頂きました。栄養に関するパンフレットを配布して頂きました。研究の成果が、「行政の支出の削減(要介護認定率の低下!)につながっている」という素晴らしい研究の成果を踏まえた「高齢者の栄養」に関する講演でした。

新開省二先生の講演

新開省二先生の講演 一流の学者の講演はなかなか聞くことができません

肉は毎日食べた方がいいとのお話を最初にお聞きしました。「生活機能」の維持に関する証拠のある講演でした。

健康長寿の秘訣は、1.仕事社会活動を活発に行う 2.健康に対する自己評価が高い 3.筋力が強い・バランス能力が高い・歩行速度が速いなどをあげられていました。また、血液検査の結果では1.アルブミン値が高い 2.コレステロール値が高めであるなどをあげていましたね。

「堀船郷土史を語る会主催講演会」は、北区飛鳥山博物館の学芸員である田中葉子先生の講演でした。

キリンビール王子工場・宝酒造王子工場・小山酒造(丸真正宗)についてのお話しでした。

田中葉子先生のスライドから

田中葉子先生のスライドから なつかしいキリンビールの落成式の写真です

昔からの多数の写真が紹介されました。キリンビールに関しましては、その前の下野紡績時代の写真や、関東大震災時の写真も見ることができました。

なつかしい写真であると同時に、私どもの知らなかった会社の内部やビール・焼酎・日本酒づくりのプロセスを写真で知ることができました。

「健康長寿講演会」は、堀船3丁目町会長であった山岸桂子様(ご信徒様・平成23年亡・私が通夜と葬儀を執行)がお檀家向けの施餓鬼会における健康長寿講演を町の人にも公開してほしいと何度もお聞きしていました。このため、開くようになりました。心が広くボランティア精神あふれる立派な会長様でした。

また、「堀船郷土史を語る会主催講演会」は、堀船に新たなお家が多数できてきました。地域の歴史を知って頂きたいという「語る会」会長様や幹事様のご意見で発足しました。

 


2019年11月8日

明日の「福性寺主催健康長寿講演会」と「堀船郷土史を語る会(堀江毅会長)主催講演会」の準備が終わりました(写真)。http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4470

本堂の準備が終了しました

本堂の準備が終了しました 60席以上用意致しました

語る会の幹事の田村重光氏が「堀船郷土史を語る会」の横断幕を持参してくれました(写真)。

「福性寺主催健康長寿講演会」は、参加費は「おさい銭(=喜捨・お布施)形式」と書きました。電話で「おさい銭形式とはなんですか?」とお問い合わせがありました。ご質問いただきありがとうございます。講演会入り口に「おさい銭箱」はありません。(笑)このため、無料と同じです。

田村重光氏

田村重光氏による「堀船郷土史を語る会」です 立派な書道家で住職はうらやましいです

「おさい銭」を納めたい方(志納者)は、本堂玄関にまわって、「おさい銭箱」に納めて下さい。50円か100円程度でしょうか。おさい銭(=喜捨・布施)は、「仏教徒海外奨学基金」となり、インド・スリランカ・在インドチベット人の子供や学僧の奨学基金となります。

現在までは、参加費は無料でした。しかし、お檀家(本当なお寺の持ち主です)から「それはおかしい!」とのご意見がありました。それで、一応「おさい銭形式」と書きました。

「堀船郷土史を語る会」主催講演会は、参加費は無料です。紛らわしくて申し訳ありませんでした。「二つの講演宴会=同講演会」を通じて、参加費は無料とお考え頂いて有難いです。

仏教徒海外奨学基金に関しては、本ホームページのカバーページの仏教徒海外奨学基金をご覧下さい。また、下記のパーマネントリンクを見て下さい。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2902

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1793


2019年11月5日

梶原塚(梶原政景1548~1615年太田道灌の子孫の屋敷・砦の跡「福性寺の歴史第7版、10ページ」の中に、詳しい刻銘のある供養塔が2基があります。両者とも文政9年(1826年)の建立です。「如意輪観世音像」(右・写真)と「執錫杖大師像」(左)です。

深川不動院の木食(もくじき)賢明師が願主です。梶原塚にあった眞龍寺の住職でもあったようです。賢明師は梶原塚の宝篋印塔(ほうきょういんとう)の再建時(天保2年・1831年)の開眼導師もしています。90年後(=大正10年・1921年)に亡くなった上東野昭良師(父の叔父)から、父は賢明師について何も聞いていません。90年間の歳月により、亡くなった人についての記憶は、この世界からなくなるようです。1821年から幕末、明治時代から大正6年・1917年までは、福性寺は無住(職)寺でした。

明治28年・1904年に梶原塚は福性寺に移されました。梶原塚は現在の「堀船ポンプ所」(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4538)にありました。

石塔の下の台座に刻銘があります。地面に顔をつけるようにしないと読めません。私には読むことができません(能力がない!)。50年以上前に、先代住職周誉師(私の父です)が読んだ記録が出てきました。現在では、風化のために読むことのできない字があります。

以下、黒字は石碑にある文章です(周誉師記録)。青字は先代の周誉師の解説。緑字は私の説明です。 

梶原塚 如意輪観世音

梶原塚 如意輪観世音 台座の文字はほとんど読むことができません

梶原塚供養塔右 如意輪観世音像石塔の刻銘

算用数字は刻銘の行目を表します。

1 紀州那智山本尊此地  奉彩者也(紀州那智山の本尊をこの地に)(奉彩:斎?するものなり:つつしんで祀る)

 南無大慈大悲六道能化広大無辺の慈悲の地蔵菩薩に帰依致します)

 引導本尊地蔵菩薩(さとり導く地蔵菩薩)

 南無大慈大悲如意  輪観音大菩薩(如意輪観音に帰依致します)

 一地両尊建立意趣者(一地に両尊を建立する意趣とは)

 国主大将軍武士並  梶原平三景時一家諸尊霊 

10 當 出離 11 生死 為頓証菩提也 (まさに生死を離れ悟り:解脱を得る)(頓証菩提:速やかな悟りの為なり)

一、この石塔は如意輪観音の像を陽刻せり。

二、建立当時は、すでに梶原墳は鎌倉時代の源頼朝の郎党梶原景時と混同誤認されていた。大師、如意輪観世音の両石塔は文政9年(1826年)の建立なれば、鎌倉時代とは凡そ五百年以上後代のものなり。

以下に梶原塚に関する記事があります。

〇「堀船郷土史平成増補版」(平成28年刊)の24‐26ページ。

〇明治36年(1903年)の福性寺2017年1月11日http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/352

〇梶原堀之内村の安政時代古地図(国立国会図書館所蔵)2017年10月26日  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/772

次回以降に、執錫杖大師像について書きます。


2019年10月31日

どこかの老人ホームに、毎週出かけます。お檀家におあいするためです。

ご存知の通り、また統計によりますと、通常、日本人は毎日入浴している人が80%弱で、そのつど洗髪をしていると言われています。

しかし、「お年寄りは週2回の入浴でよい」と私は「十分に考えずに」「なんのデータもなく」断定的に思ってきました。科学者らしくなかったです。また、思惟(仏教の世界では「しゅい」)しなかった?!「八正道」の正思惟(釈尊・お釈迦様・ブッダのように考える)しなかったのです。介護に関する法律では、週に2回(以上)の入浴が決められています。

自分たちは、当然のように毎日!入浴しています。入浴後は軽い運動をした感じです。大変、気分がよいです。釈尊も尼連禅河(にれんぜんが)で沐浴(頭と体を洗った)したあとに悟りを得て、カクッター川で沐浴したあと、涅槃を迎えましたね。

認知症の患者さんは、入浴や食事をしたことをお忘れになってしまうことがあることから、お年寄りの入浴回数を考え直す機会となりました。

老人ホームの午後 毎日午前中10時ごろから体操 があることが普通です 午後2時ごろから演奏・演芸・趣味の会や体操があることが多いです

老人ホームの午後 毎日午前中10時ごろから体操 があることが普通です 午後2時ごろから演奏・演芸・趣味の会や体操があることが多いです この日の津軽三味線の演奏は素晴らしかったです 私も帰ることを忘れるほどでした 聴かせて頂きました

もちろん、入浴回数が多ければ多いほどよいとは、ならないと思います。お年寄りのお身体の状態・個人差がありますので。また、入浴回数と健康や免疫力に関するデータを知りません。しかし、週2回は少ないかな?と考えるようになりました。それは、高齢者の皆さんも、体力の許す範囲で、お風呂に入って、入浴後の爽快感・幸福感をもっともっと味わってほしいからです。入浴に関しては、2回過去の「福性寺健康長寿講演会」でお話を聴いています。

ある老人ホームでは、週に3回以上の入浴を宣伝しているホームもあります。もちろん、人手とお金の問題があります。私の昵懇の老人ホームの施設長さんは、有料で入浴回数を増やしたいといつもお話し頂いています。お年寄りの立場に立っています。本当に立派です。

追加の入浴の料金は当然です。さらに、入浴回数を増やすことが、お年寄りの健康の増進や、老人ホームの人気につながると思いました。

ところで、両親の財産形成に何の貢献もないのですが、お年寄りのお金をお年寄りのために使うことに反対する子供がいますね。間違っています。これは「老人虐待」です。

皆様はどのようにかんがえますか?以下にお風呂に関する記事があります。

平成29年・2017年11月17日「晩秋 インフルエンザ予防のために」 http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/823

平成29年・2017年1月28日「春のお彼岸が待ち遠しいですね」 http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/390


2019年10月26日

以下の(1)~(5)のお手紙とチラシなどをお檀家・ご信徒様に、ヤマト運輸のメール便で配布しました。寺から、今年6回目の手紙となります。また、(1)と(2)については、過去に「合同講演会」にご出席いただきました皆様にお送りしました。さらに、(2)のチラシは、2万5百枚が福性寺から半径2Kmの読売新聞の購読者のお宅に配布されます。

(1)お手紙「合同講演会にご参加下さい」令和元年・2019年11月9日(土曜日)1時 開場  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4152

写真10 平成30年(2018年)11月10日-「-堀船郷土史を語る会」会長堀江毅様のあいさつ(第7回堀船郷土史を語る会講演会).jpg

前回 平成30年・2018年11月10日 第7回「堀船郷土史を語る会」講演会 会長堀江毅様のごあいさつ 会長様・幹事様の金銭的なご支援のもとに講演会は開かれています 寺は会場をお貸しするだけです なお、現在「福性寺の歴史 第7版」を印刷中です(500部)この写真は「福性寺の歴史 第7版」の126ページに掲載されます 第7版も無料で配布です 第1版から第6版まで3400冊(お檀家数の10倍以上)を配布しました(別に記事を書きます)

(2)合同講演会チラシ http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4470

(3)お手紙「白山神社側の里道ぞいの塀の改修 ご寄付を募りません

前回のお手紙の中で、福性寺山門から右側・白山神社側の里道ぞいのブロック塀(40m・九百八十万円)と、左側区道側のブロック塀(57m)が違法状態(支え壁が不足・50年以上前に造りました)となっていることを書きました。お檀家と通行人の安全を考えました。このため、お檀家の皆様に、塀の改修をおはかり致しました。また、「ご寄付を募ることを考慮中(考え中)」と書きました。しかし、総代様とご相談の上、まず白山神社側の40mの工事の結果を見て頂き(全額が宗教法人の負担)、区道側の57mの半額をご寄付(=布施・喜捨)を頂くことになりました。地表から1m(~1.2m)を特別に硬いブロック(高価です)で造り、その上の0.8mは、アルミ製の柵となります。風速42mの風にも耐える柵です。お檀家からは、外から墓参風景を見ることができる点について、特段のご異論はありませんでした。

(4)ご寄付頂きました皆様のお名前(姓のみ)の一覧

今回はご寄付を募りません。しかし、住職の留守などに、先回りで、ご寄付(=喜捨・布施)を頂きました。また、たくさんのお檀家に、ご寄付をお持ち帰りいただきました。さらに、お問い合わせがたくさん参りました。手紙の書き方を反省しています。心からおわびします。大変申し訳ございませんでした。しかし、12軒のお檀家から、51万円が集まってしまいました。次回の工事に使わせて頂きますので、お許し下さい。

(5)過去の「本ホームページの記事の印刷体1枚」

認知症とGPS?失念? http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1435


2019年10月22日

「わかるように説明して下さい」ですかー?!ご質問を有難うございました。インターネットからの情報では、納得できなかったのでしょうか。

確かに、以下のように何度も地蔵菩薩とご真言についての記事を書いてきました。

〇令和元年2019年10月4日「梶原銀座地蔵尊まつり ぜひともお出かけ下さい」

 http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4417

〇令和元年2019年5月29日「延命地蔵様 六阿弥陀一番目道地蔵菩薩」

 http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3576

〇令和元年2019年5月25日「To comfort always」

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3547

〇平成30年2018年5月3日「住職もお墓参り」

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1262

住職にとって、不得意!な(苦笑)分野の質問を有難うございました。真言とはインドの古い言葉(梵語・悉曇)で書かれた、仏様の秘密の言葉です。寺の住職が、ボソボソと小声で唱えること(微音)もありますし、大きな声で唱えることもあります。

周誉師による地蔵菩薩真言 見事に美しい梵字を見て下さい 5・6世紀頃の北インド流行の書体を基本としています 田久保周誉著・金山正好補筆「梵字悉曇」(平川出版社)より

周誉師による「地蔵菩薩真言」 見事に美しい梵字を見て下さい 5・6世紀頃の北インド流行の書体を基本としています 田久保周誉著・金山正好補筆「梵字悉曇」(平川出版社)より

地蔵菩薩真言の現代僧侶の発音は「オンカカカビサンマエイソワカ」・「オンカカカビスミエイソワカ」です

令和元年・2019年10月4日の記事「梶原銀座地蔵尊まつり」にありますように、このご真言を唱えながら皆様に配布用のお守りを加持しました。

サンスクリット学者であった先代住職によれば、地蔵菩薩は「大地が備えている無限の力を象徴した菩薩」と考えられます。もちろん、仏陀の分(流)身です。

以下に、この真言を意訳します。思い切った意訳では、「ウァー!オー!皆、大いに称賛し大々歓喜する。能力無限の菩薩よ。祈念するところを成就したまえ」ではいかがでしょうか。カカカ(ハハハ)は、歓喜の擬音語と考えられています。地蔵菩薩はこのように笑うのでしょうか?なお、歓喜(かんぎ)は、仏法を聞き喜ぶですね。でも、単に喜びほめたたえるでしょうか?

以上は、田久保周誉著・金山正好補筆「梵字悉曇」(ぼんじ・しったん、平川出版社)などを参考にしました。この本はよく売れているようで、何度か増刷されています。また、「アマゾン」の書評でも、裏付けとなる学問のレベルの高さからとても好評です。

この真言は、三十五日忌法要で読みます。また、葬儀後の初七日忌法要でも、初七日、二七日忌、三七日忌、四七日忌の真言とあせて読むことがあります。

皆様も唱えてみてください。「オンカカカビサンマエイソワカ」力が湧きませんか?また、力が沸騰するように、沸きませんか?


2019年10月17日

前回(10月15日)の記事で、北区の雨水を含むほぼ全ての下水は、王子ポンプ所から対岸のみやぎ水再生センターに送られ、処理をされた後、隅田川に流されると書きました。

東京都下水道局王子ポンプ所

A:福性寺 B:東京都下水道局みやぎ水再生センター C:王子ポンプ所 福性寺の近くを蛇行する墨田川と遠くに荒川(旧荒川放水路)が見えます

航空写真(2016年・平成28年撮影)がありました。王子ポンプ所(C)からみやぎ水再生センター(B)を結ぶ送水管は、川底にあり見ることができません。現在、北区豊島からみやぎ水再生センターを結ぶ王子第2ポンプ所が建設中です。

福性寺(A)が、隅田川に隣接していることがわかります。しかし、福性寺の床上浸水は昭和33年・1958年の狩野川台風の時だけです(昭和24年から)。この時は、庫裡(くり・住職の住まい)が床上浸水となり、客殿や本堂は無事でした。

荒川の水を、現在の荒川(以前の荒川放水路)と現在の隅田川に分流する「岩淵水門」の完成以来、岩淵水門から下流の墨田川では、大洪水はなくなりました。この水門は、10年近くの工期により、大正13年・1924年に完成しました。

内務省の技師青山士氏により作られた水門です。北区の小学生は、どこかで勉強したことのある青山氏です。心が動かされるお話のおおい方です。典型的!理想的!な「明治の日本人」ですね。講談社からの評伝もあります。


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