7月27日火曜日午前10時に小学5年生2人とお母様が来寺されました。事前に予約電話がありでした。
地元の小学校が創立100周年ということで、地元・地域の歴史などの研究を発表するそうです。私の母校でもあります。
最初に、「堀船郷土史平成増補版」と「福性寺の歴史第8版」をお二人に差し上げました。
地域には「堀船郷土史を語る会」があり、会の幹事を務めています。このため、町の歴史は「超」得意分野です。「なんでも質問して下さい」状態です。
北区豊島からJR上中里駅に続く鎌倉往還(街道)を中心に江戸時代には、家がぽつぽつとあったと梶原堀之内村の地図を使って説明しました。
明治時代にJR王子駅近くに王子製紙(渋沢栄一子爵)ができて、隣接する堀船1丁目に人が集まるようになり、工員さん用の長屋ができました。都電荒川線(当時は王子電車)ができて、梶原電停と東洋紡績などの工場とを結ぶ梶原銀座商店街(鎌倉往還の一部)ができてきたことを説明しました。
福性寺の歴史に関しては、板碑(1339年)、ご本尊様(1625年)、梶原塚(1600年頃)、左六阿弥陀一番道地蔵様(1682年建立者の子孫がお檀家の石井家)の「実物」をお見せして、説明しました。
最後にお茶と銘菓と言われているお菓子をご接待しました。住職の悪い癖がでて(笑)、「無理に」お菓子のお代わりをして頂きました。
最後に質問の有無をお聞きしました。いろいろな質問のあと「お寺の後継者は?」という「大人の質問」を頂きました。小学5年生ですが、大人ですね!
またご来寺頂きたいな!小学生。宗教・仏教には一切触れずに郷土の歴史だけを話しました。
梶原堀之内村古地図
平成29年2017年10月26日梶原堀之内村の安政時代古地図(国立国会図書館所蔵) https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/772
左六阿弥陀一番道地蔵
令和元年2019年5月29日延命地蔵様 六阿弥陀一番目道地蔵菩薩 寺には歴史がありますhttps://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3576
梶原塚(梶原墳)
令和元年・2019年11月5日 「梶原塚(墳)供養塔の如意輪観世音像 小さな歴史」 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4632
令和元年2019年12月19日 梶原塚(墳)供養塔の大師執錫杖(しゃくじょう)像 小さな歴史2 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4957