檀家様・信徒様には史跡「梶原の渡し」最後の乗船客をまだ郵送していません。令和8年のお正月用のお手紙を先に送ります。
しかし、ご来寺やご法事に参加の皆様に配付を開始しました。このところ、週末ばかりではなく、平日にも法事が多くちょっと困っています。平日は院代さんの休日の日があります。このため、住職はいそがしくなります。
ところで、昭和17年生まれのお檀家様の山口家のご姉妹、大澤嘉子様から聞きました(令和7年11月12日)。「向こう岸の宮城で釣りをしている父に、渡しに乗ってお弁当を届けに行ったことがある」。新円切り替えのころらしい。
「新円の切り替え(昭和21年1946年2月16日)」のために、船頭さんが商売にならないと言うのよ」多分、新円(紙幣)がすぐには行き渡らなかったのでしょうか。
「向こう岸の船着き場では、メダカや小さな魚が群れをなしていました。もちろん泳ぐことができていました」私(昭和24年生まれ)は公害のために汚れた水面を見ただけです。
「宮城(足立区、北区堀船の対岸)から、馬に載せて野菜を売りに来た。農家の皆さんが馬の排泄物(直截な言葉を変えました)を持ち帰っていました」
昭和13年生まれの北孝充様のお嬢様から「父が隅田川で泳いだことがあると話していた」とのことでした(令和7年11月13日)。
泳いだお話はこのほか三人様から聞きました。
私は泳いだことはありません。しかし、1度川に落ちたことがあります。なぜか、かなり冷静に土手のコンクリートのつなぎ目に爪をたてて、流されないようにして上にあがりました。流れがおそかったのでしょう。幸運でした。
身体中=全ての着衣に得体の知れない油をつけて寺に帰りました。両親からひどく怒られると思いました。命のあったこと、助かってよかったと言われました。お子様が川で亡くなった後、福性寺の檀家になったご家庭があります。
ところで、この出版は、「堀船郷土史平成増補版」の出版と同様に、地域の皆様、ご家族ご友人の間でに読んでいただき、話題としていただきたいと考えて作りました。
地域貢献とは何かと考える時があります。秋の合同講演会と同様に、地域の皆様のためになるかなと考えています。
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