2月25日水曜日の午後、真言宗豊山派の宗務所において随筆家(司会が随筆家と紹介)・批評家の若松英輔氏による講演を拝聴しました。
演題は「利他とは何か」です。
カトリック教徒である若松氏は、冒頭、仏教、キリスト教を含む「宗教の将来」への強い危惧を語られました。近年の「宗教不要論」の中で、私たちはどう在るべきか?です。
大乗仏教の根幹には「自利利他」があります。キリスト者である若松氏の視点から、この「利他」がどう語られるのか、楽しみにしていました。
一般に、自分の利益や幸福(自利)と他者のそれ(利他)は一体であり、他者を利することが自己の幸福に繋がると解釈されると思います。
しかし、若松氏は利他について「宗教者には、その立場だからこそ果たせる固有の役割がある」と強調されました。
よくわかりませんでした。しかし、その役割を究極の形で体現・具現化されている存在こそが「ご本尊様」ではないかという思いを質問しました。そう考えてもよいとのお返事であったと思います。
さらに、道元禅師の正法眼蔵に触れ、「愛語(あいご)」についても言及されました。暴悪な言葉を避け、慈しみの言葉をかける。その積み重ねが愛語を深めると聴きました。反省しました。
真言宗においても不悪口(ふあっく)を含む口業四戒(くごうしかい)が十善戒の中にあります。なかなかできません。
西洋の哲学者の言う「良識」についてのお話は、すべての衆生が如来となる可能性を秘めていると説く美しい「如来蔵(にょらいぞう)思想」にも通じるものと勝手に理解しました。

令和4年2024年春季彼岸会読経会の写真 ようやく少しずつ皆様に集まっていただくことができるようになりました まだまだコロナ前に戻りません コロナ後から可能な範囲でマスク着用をお願いしています 令和8年の春季彼岸会読経会(3月20日)はご本尊様建立四百年記念法要となります 11時開始です
最後に、一つの疑問が残りました。「利他」とは、単に法話で説くものではなく、お経を読むとき、声明(しょうみょう)を唱える際の僧侶の「心の在り方」にこそ現れるべきではないか、ということです。何を思い、誰のために唱えるのかです。
お聴きになったことがないとのお返事でしたが、若松英輔氏にもお大師様(弘法大師)以来の声明を聴いてほしいと思いました。
これから、「施餓鬼会」のご案内のお手紙を差し上げます。施餓鬼会は4月23日(木)10時開始です。
その後、「ご本尊大日如来様建立四百年記念法要」(春季彼岸会読経会)のお手紙を差し上げます。ハガキで出欠をお知らせください。3月20日(春分の日) 11時開始です。
参考記事 利他について
令和8年2026年2月17日「ルール変更」の歴史 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/33002
令和7年2025年12月3日柿 仏教と布施 任意性https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/32144
令和6年2024年12月28日 喪主様、住職と院代で(直葬=)お骨葬儀 病理解剖https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/26327
令和4年2022年1月24日「老衰」とか「老衰死」とは何ですか?釈尊 涅槃https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/10977
平成30年2018年12月23日原因不明の死「医学葬」すなわち「利他」 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2216


