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2026年4月12日

「なぜ剃髪しないのですか?」父と久野芳隆教授

相変わらず土曜日・日曜日は檀家様の年回忌法要を執式しています。

一月ほど前、檀家様(O家様)のご法事の際、三人の子育てに励むお母様からこんなお話を伺いました。「実は小学生の頃から、住職さんはなぜ剃髪(丸刈り)ではないのだろう?と不思議に思っていました。住職に質問をしたことがあります。失礼をしました」

いえいえ、決して失礼などではありません。どのような質問もOKです。私自身、当時のことは記憶にないほど、自然なことでした。

また以前、退職のご挨拶で東京都健康長寿医療センターを訪れた際、尊敬するセンター長の井藤英喜先生からも同じご質問をいただいたことがあります。

本当に何人もの皆様から同様な質問をいただきました。

実は、私が髪を剃らない理由は、これまで会計係(家内)以外には、話したことがありません。最近、体調にも陰りができてきました。このため、以下は書いておこうと思いました。

皆様も同様にお考えになっていると思います。「医師も兼ねていたからでしょう」「お寺の外の仕事もしているからでしょう」と思われているようですが、違います。本当の理由は別にあります。

それは、私の師僧でもある父の強い願いがあったからです。

父は津田沼駅近くの農家の次男に生まれ、高等小学校時代に養子に出ていました。さらに、縁あって叔父(上東野照良師)の弟子となりました。「大学にあげてもらえるから寺に来た」と話していました。勉強が好きであったようです。

しかし、師の急逝(29歳)により昭和15年(1940年)まで、20年もの間、他寺で過ごしました(参考文献1)。もちろん、後で受け入れてくれた師僧には、心から感謝していました。

その後も外地での軍隊生活を4年近くも余儀なくされました。

言葉には尽くせない苦労があったのでしょう。これは私の想像です。

そんな父は私に対し「できるだけ自由に、身軽に生きてほしい」と願っていたようです。

そして、そこにはもう一人、父が仰ぎ見た「お手本」がありました。 父のサンスクリット語仏典研究の先輩であり、同僚でもあった学僧久野芳隆先生です。

久野先生と父は、仏教サンスクリット語の大成者である荻原雲来教授の学問的な弟子です。荻原教授は、在ドイツ7年間で学僧中の学僧でした。

昭和18年1943年冬 久野芳隆教授ご家族

昭和18年1943年冬 久野芳隆教授ご家族 一番下のお嬢様(写真右端)から写真をいただきました ご姉妹のお名前などもお聞きしています  何に使用してもよいとご許可をいただました(参考文献2:78ページ)

久野先生は、墨田区の龍光院の住職でした。東京帝国大学インド哲学科を卒業後、大正大学や台北帝国大学(台湾)で教鞭を執り、パリ・ソルボンヌ大学への留学(3年)やイギリス、インド、東南アジアなど各国の視察を重ねた、国際的でスケールの大きな僧侶、学僧でした。

また、諸外国を視察し、政府の委員もしていました。さらに、戦時中は、海軍省の嘱託として、海軍省南方政務部マッカサル研究所(インドネシア セレベス島=セラウェシ島)にも所属していました(参考文献3)。

久野先生はフランス語の仏教語辞典「法宝義林」の編纂にも加わるなど、まさに知の巨人です。学会などあらゆる場面で、明確にご自分の意見を主張をされたと聞きました。

しかし悲劇的なことに、昭和19年に台湾での航空機事故で急逝され、ご家族もその後の東京大空襲でほとんどが亡くなられました。

父は久野先生の死後、先生の妹様からウテン(ホータン)語の経典のネガフィルムを譲り受け、解読しました。大英博物館で久野先生が撮影したもです。

父は、この類まれな才能と度量を持った久野先生を心から敬愛していたようです。 その久野先生が、実は「調髪(髪を整えた姿)」だったのです。

父は私に、久野先生のような闊達な生き方をしてほしいと願い「久野先生のように髪を剃ることなく、清潔な身なりを保ち、仏教者として恥じない立ち居振る舞いや言葉遣い、そして謙虚な心を大切」「久野先生と同様に勉強をするように」と話していました。つまり、「久野先生のように・・・生きるように」でしょうか。

多分、父も久野先生と同様に生きたいと願っていたのでしょう。しかし、環境が許しませんでした。

・・・ところが、私の現実はどうでしょうか!(笑) 髪こそ整えてはいますが、中身の方は父の願いに反して、言葉遣いも丁寧とは言えず、すぐに世間話に花を咲かせてしまう「ガラの悪さ」です。医者仲間も檀家の皆様もよくご存知の通りです。

私の調髪については、いろいろなご意見をいただきました。

大学生の頃、総代の小宮武雄様から「丸刈りは必要ないよ」と、医師になってからも同様にお話をいただきました。

「剃髪していることが言い訳になってはいけないよね」と同僚医師から聞きました。

ある国立大学医学部の教授から「剃髪ではない坊さんにあんまりお布施をしたくない」と聞いたことがあります。

それからもう一つ。周囲から「丸刈りだと洋服が似合わないから!」という、ごく現実的なアドバイスというか、雑音?があったことも、付け加えます。そうなんでしょうか?

剃髪をしている時に、冗談で、黒のネクタイに黒やワインレッドのシャツをスーツの下に着ていたことがあります。「(ニヤニヤ)そんなトロそうな顔では、反社(反社会勢力)に見えないんだから(反社の)マネなんかしない方がいいよ」と親しい病理医仲間が言っていましたね。

色々とご意見をお聞きしていますが、今日まで説明せずに、いつも「貴重なご意見」としておうかがいしてきていました。

少し偉そうなことを言います。

僧侶(と医師)の土台の上に、父が託してくれた「自由」の意味を噛み締めながら、今日も皆様とお話をさせていただきました。

古くさいと言わずに以下も読んでください。

若い皆様には、一定の自分と言うものを確立してから、自由を楽しむことができるのではないかと思っています。中学生や高校生で自由を楽しむことは、なかなかできないと思います。

参考文献

1.「田久保周譽大僧正業績集」 24 ページ略歴年表 田久保博士業績集刊行会 福性寺 昭和55年

2.「福性寺の歴史第10版」 記事32~34ページ、写真78ページ 令和7年

3.大澤広嗣様著「戦時下の日本仏教と南方地域」 法蔵館2015年 久野芳隆先生の記事があります。 

まだ、たくさんのご質問をいただいています。

参考HP記事

令和2年2020年2月26日「悉曇・しったん」とは何ですか?「梵字の古書体学」 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/5459

平成30年2018年10月11日興教大師のご紹介のお檀家 佐賀県人 学僧の中の学僧 https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1858

令和4年2022年5月23日 ウテン国(于闐国)についてのご質問 「敦煌出土于闐語秘密経典集の研究」春秋社https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/12421

令和3年2021年12月1日「梵字入門」第5版 梵字のお手本書https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/10526

今朝撮影 すっかり駐車場はリン力とツツジの花に囲まれました 墓参にお出かけください

今朝撮影 すっかり駐車場は新緑とツツジの花に囲まれました 介護予防・フレール予防のための運動を兼ねて墓参にお出かけください


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