「ご本尊様とお釈迦様(釈尊、ブッダ)との関係を教えてもらえますか?」ご本尊様の四百年記念法要のころに質問を頂いていました。短い回答をメールで致しました。あまり得意ではない方面(笑)に対するご質問でした。
詳しいお返事が遅れて大変申し訳ございませんでした。檀家様はご存知のように「仏像は釈尊(釈迦、ブッダ)が説くことがらの一つを表している」と法要中に説明しています。お焼香開始の前にお話をしています。このように説明すると、最近の教育、「科学万能教育」を受けた高学歴の皆様=福性寺においでになる皆様には、理解が容易かなと思っています。
例えば釈尊の説く慈悲を表しているのが観音様とか、智慧を表しているのが勢至菩薩とかです。つまり、仏像よりも先に釈尊の説くことがらがあった、と。
このような説明により檀家様・信徒様、特に若い皆様に合掌して拝んでいただくことができるかなと思っています。
実は、仏教学・思想史の観点から、的確で歴史的事実にも合致した解釈と考えています(完全に「自画自賛?」)。さらに、これは「仏教における仏像制作の意義」を正しく表現していると考えています。
この考えを補強するポイントがあります。それは歴史的事実です。無仏像時代(約500年間の存在)がありました。
「仏像よりも先に釈尊の教えがあった」というのは当たり前の歴史的な事実です。
紀元前5世紀頃に釈尊が入滅してから、紀元1世紀頃にガンダーラ(アフガニスタン西北部からパキスタンにかけての地域)などで仏像が作られ始めるまでの約500年間、仏教には一切の「人の形をした仏像」が存在しませんでした。つまり「無仏像時代」がありました。それまでは、以下のような「象徴」を拝んでいました。
1.法輪(ほうりん、仏教の車輪状のマーク)釈尊が説いた「教え(法、ダーマ)」の象徴
2.仏足石(ぶっそくせき):釈尊の足跡(実在の跡)
3.菩提樹(インドぼだいじゅ):釈尊が悟りを開いたという現象、事象
4.仏塔(ぶっとう、ストゥーパ):釈尊の遺骨を納めた場所(仏舎利塔)
1から4は、日本の寺でも見るものです。

福性寺涅槃仏様 「生物学的なヒト」の形をしています つまり釈尊の32相(釈尊の身体の32の特徴)は目立ちません 足底は扁平ではなく法輪もありません 肉髻 (にっけい・にくけい、頭の頂部の出っ張り)も目立ちません 手指と腕の長さは普通です
初期の仏教徒にとって、崇拝の対象は「釈尊という人物の容姿」ではなく、「釈尊が悟り、説いた教え(法、ダーマ)」そのものだったのでしょう。
涅槃仏でさえ、ガンダーラ地方で2世紀(101年~200年)後半に現れてきたということが多いです。
「仏像が先にあって、そこに後から意味を付けた」のではないです。「教えや心のあり方(慈悲・智慧・悟りなど)が先にあり、それを目に見える形として結実させたのが仏像である」と考えると理解か容易かなと思い、皆様にはそのように説明してきました。
「仏教は神、創造神を立てない非神論です」「偶像崇拝ではありません」檀家様の年回忌法要中、五体を投地してご本尊様と檀家様のご先祖様にご挨拶する時、「偶像崇拝」ではなくて「釈尊の法・理想に礼拝しています」と説明する時があります。
この議論は今後さらに追加していきたいと思います。「仏教は多神教ですか?」という質問も来ています。
参考記事
令和7年2025年8月5日大王寺様 涅槃仏様参拝(春日部市)https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/30416
令和6年2024年3月16日ワンコの三回忌をお願いできますか?偶像崇拝https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/21942
令和5年2023年9月6日大般涅槃 釈尊(世尊)涅槃 吉次通泰先生論文https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/19672
平成31年2019年1月22日2回の追善供養法要 フレイル・サルコペニア?https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2529



