「シャカ(釈尊)って葬儀不要論ですよね? ネットに書いてあったんですけど」
「一応(坊さんにかかる形容です(笑)坊さん」である私に向けられたこの質問です。聞いたときは、ちょっとだけ感動してしまいました。

葬儀開始時です 五体を投地してあらゆる仏様に誠心誠意の読経を誓います「今、御仏の御足を我が手に頂かん」とインドの言葉で述べています 左は院代さんです 涅槃の故事にならった白を基調としたひつぎと祭壇 上方の黒丸2個の中は釈尊の涅槃の時に日陰を作った沙羅双樹のモデルである四華花です
まず「涅槃経(ねはんぎょう)」について説明しました。一つの名前「涅槃経」でも「いろいろ」あります。
「経」というと古くさいですかね?「涅槃物語」でもOK。もっとわかりやすく?では「釈尊最後の旅物語」「永遠の安らぎ(涅槃=ニルヴァーナの本来の意味である静まりかえった状態)物語」でしょうか。
大乗仏教の涅槃経はサンスクリット語の「大般(だいはつ)涅槃経」を指します。一方、それと対になる上座部仏教の涅槃経を「パーリ語涅槃物語」(私の造語です)」とか「釈尊最後の旅物語」と呼びたいと思います。釈尊の時代に使われていた言葉がパーリ語でした。正式な学術名ではありませんが、誰にも、中学生・高校生にも直感的に内容が伝わりやすい名称ではないでしょうか。
仏教初期の「パーリ語涅槃物語」には、釈尊(ブッダ)の晩年の旅立ちから、最後の教え(「自灯明・法灯明」など)、入滅(お亡くなりになること)、そして遺骨の分配(仏舎利)に至るまでの歴史的事実が素朴に語られています。まさにドキュメンタリー映画のような記録です。「釈尊最後の旅物語」と言いたい理由です。釈尊の最後の旅と亡くなった後の出来事をリアルに記録した初期の古いお経、今風には「リアル涅槃物語」(造語です)です。
一方、大乗仏教の「大般涅槃経」は、釈尊の入滅を通して「悉有仏性(しつうぶっしょう、すべての存在に仏の性が備わっている)」といった教理を展開するお経です。こちらは言ってみれば「教理的涅槃経」(造語です)と呼べるでしょう。
さて、歴史的な事実を記した「パーリ語涅槃物語」には、実は「葬儀」や「入滅後の遺骨の安置」についても詳しく説明されています。釈尊ご自身が、ご自分の葬儀をどのような形で行うべきかについて語っています。あと、お墓(埋骨場所の塔)も。
意外に思われるかもしれませんが、かなり事細かに記されています。しかし、実際には釈尊ではなく仏弟子=経典の編纂者が書き残したものです=この点が医学論文でいう「研究の限界Limitation(研究の弱点や考えるべき点=あえて言うと欠点)」でしょうか。
私は「仏教とは何か?」と問われましたら「釈尊の生き方を見習って生活すること」だと考えています。だからこそ、形式はどうあれ、葬儀は執り行うべきだと思うのです。
釈尊は決して「葬儀は不要である」とは言っていません。
今回の記事の結論を一言で言うなら、答えは明確に「No(不要ではない)」です。
釈尊は出家者と在家者を明確に区別していたと思います。出家者は釈尊のご遺骨に対する礼拝よりも修行に励むようにとお話になっています。
しかし、現在の葬儀は葬家に対するグリーフケアの意味が追加され、「檀家様の立場になり」葬儀に関するアドバイスをできるのは僧侶だけとなっていると思います。この点は機会をみて再度書きます。
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