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2019年5月4日

東京都健康長寿医療センターのキャンパスにある銅像

どなたかわかりますか??

どなたかわかりますか?令和元年5月2日の夕方に撮影しました 大きくて立派な銅像です 大正14年(1925年)11月と寄付者の名前が台座に書かれています

写真はどなたかわかりますか?

板橋区栄町35-2、東武東上線の大山駅近くにある「東京都健康長寿医療センター」のキャンパスにある銅像です。以前は、たくさんの桜の木々が茂っていて、銅像がよく見えませんでした。写真は、新1万円札に描かれる予定の渋沢栄一子爵です。私が平成4年(1992年)から勤めていました場所(キャンパスの名称は東京都養育院・東京都老人医療センター・東京都健康長寿医療センターと変わってきました)に銅像があります。定年後の現在も非常勤研究員です。私は30年以上この銅像を見てきたことになります。

「養育院」や「東京都養育院」が、現在の「東京都健康長寿医療センター」であるとの記述を見ますが、説明不足であり、全く間違っていると言う人もいます。養育院は、明治時代に創立され、困窮した人、現代でいうホームレスさん(自立している方も多いです)、いろいろな困難な病気に罹患した人、孤児などのいわゆる「窮民救済」を目的とした複合的な施設・機構で、病院、乳児院、孤児院、養老院などの機能を併せ持った施設であり、養育院の初代院長は渋沢栄一子爵でした。その後、東京都の一つの「局」もしくは、局に準ずる部門となり、多数の各種の老人ホーム(千葉県や静岡県などにもありました)・ナーシングホーム・養育院付属病院(後の東京都老人医療センター)・東京都老人総合研究所からなる大きな組織でした。平成21年に設立された東京都健康長寿医療センターは、東京都養育院の変遷してきた医療と研究部門の現在の姿です。

遠くから ご本人は銅像を作ることには反対でした 戦時中に供出を待っていました

言うまでもなくご本人は銅像を作ることには反対でした 戦時中には供出を待っていました 周囲は桜(ソメイヨシノ)の古木が多いです また寛永寺から移設された燈篭があります 私が初めて見た時はブロンズ色で威厳がありカッコよかったです ある日突然灰色!ピカピカ!になりました 誰のアイデアが不明です

渋沢栄一子爵は「日本的な経営」と、「日本の資本主義経済」を作ったと言われています。その背景は儒教であると言われていますね。そうですかねー?!社会貢献活動・慈善事業について大きな力を発揮して、外国の難民のサポートまでしています。仏教に関しては特別知識があったとの文献はありません。しかし、寛永寺総代(檀家の代表)や浅草寺信徒代表を長く務めていました。また、言うまでもなく、日本人には在家五戒など仏教的に守るべき規範は、深く定着していると思います。渋沢栄一子爵の慈善事業がすこしでも仏教的な考えと無縁ではないといいですね。

北区のJR王子駅となりの飛鳥山公園内には「渋沢資料館」があります。また、東京都健康長寿医療センターの2階にも、養育院・渋沢コーナーがあります。

天保11年(1840年)~昭和6年(1931年)、91歳で亡くなっています。


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