亡くなってからわかりました!
自立していた奥様で会社員でした(まさに正命)。
いつもニコニコしている奥様でした。家内とも、とても親しく、二人の会話は友だちか同級生同士の会話を聞くようでした。葬儀を執式しました。「釈尊の説く和顔愛語を実践し、ニコニコとして人を和ませる方でした」と葬儀中の「仏教的な追悼文(諷誦文・ふじゅもん)」の中で読みました。
お戒名も「清く尊い光により、皆に和やかな気持ちを与え、釈尊の教えから見て、心身共に美しい尊き仏教者」としました。まさに、やさしい眼差し「眼施」笑顔「和顔施・顔施」の人でした。
ところで、この奥様がお家の地代を納める時、毎回半年分を前納していたそうです。しかし、亡くなる前は1年分を払ってあったというのです。息子様お二人からお聞きしました。
治らない病気を医師から宣告されていたらしいです。このため半年分では、半年後にはご自分で地代を納めることができないことを自覚していたようです。このため1年分の納入となったらしいです。
そこまで考えるのか!と切なくなりましたね。ご覚悟!マネできないです。12月中に49日忌法要、埋骨式となり、ご遺族にこの話をお聞きしました。
ご病気を知っていれば、病院にお見舞いに行くことができたのにとも考えました。ご生前は何の役にも立つことができませんでした。
さらに、ご遺族に以下の話をお聞きしました。「自分(お母様)の死後は、将来のお寺への布施とお墓の管理に必要なお金を別途に分けておき、その残りの遺産をお子様お二人が均等に分けるように」と、お母様とお子様の3人で話しあったとのこと。
最後に「必ず兄弟仲良くするように」とのご遺言であったそうです。いよいよマネできませんね。
葬儀のご遺影は、相変わらずニコニコしていました。棺(ひつぎ)の中のお顔も微笑でした。美しかったです。
大いなる菩薩のお姿でした。
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