「住職さん、動画をアップしないのですか?(ニコ)」
「住職さんは面白いから動画をやってください」あれ、私自身が面白い?そうですかね・・・私のブログの読者です。
最近、複数の檀家様から、笑顔でそう声をかけていただきました。「動画を配信すれば、お寺のファンが増えるかも」と、福性寺のことを思ってのご提案、本当にありがたいです。
福性寺のHPの「年間行事・仏讃歌」に動画が一つあります。年間行事・仏讃歌|東京北区の寺院、福性寺(真言宗豊山派)講演会
しかし、今のところ動画の世界へ踏み出す決心がつきません。「二つの理由」があります。
理由1. 私の「顔」に自信が持てないです(笑)
一つ目は、「私自身の顔」の問題です。森鴎外は、自らの顔について「生まれたままの顔ではなく、経験が作り上げた顔である」という趣旨の言葉を遺しています。いかにも文豪であり軍人らしい。森鷗外の小説は全て読んでいます。
また、リンカーンの有名な逸話を思い出します。閣僚候補を「顔つきが気に入らない」と拒絶し、「40歳を過ぎたら人間は自分の顔に責任を持たなければならない」(キビシイ!)と語ったというものがあります。
私は現在76歳ですが、「まだまだ修行が足りない顔をしているな」と感じてしまいます。研究者と病理医として、そして住職として歩んできた日々が、動画という鮮明な媒体で皆様にお見せできるほどではない・・・自問自答すると、どうしても気恥ずかしさに負けてしまいます。動画をアップして、檀家様が減っては困ります。
理由2. 「ポジショントーク」への違和感
もう一つは、動画というメディアの特性についてです。
現在、多くの素晴らしい僧侶の方々が動画配信で努力されています。その姿勢には敬意を表します。
失礼を承知で率直な感想を申し上げれば、動画の世界はどうしても「ポジショントーク」に陥りやすい傾向があるように感じています。
ポジショントークとは、自分の立場(ポジション)を守るために、自分に都合の良い情報だけを発信したり、一貫性を欠いてでも、耳ざわりの良い言葉を選んだりすることを指すと思います。
私は、長年、顕微鏡を使う科学者として事実を直視すること、現実をそのまま観察し記録すること、データを捏造しないことを、生業としてきました。科学の世界においても不妄語、不綺語です。
医学論文では事実だけ令和5年2023年2月3日潰瘍性大腸炎 さっぱりわからない Vieth教授https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/16361
また、僧侶として、自分を飾らず、矛盾を抱えたままの真実を語りたいと考えています。
今のところ、私にとって「文字(ブログ)」という媒体が、最も嘘なく、皆様に心の内をお伝えできる手段なのです。
お寺の利益(りえき)のためではなくて、檀家様、読者の皆様に有益な情報を発信したいと思います。
せっかくのご提案をいただいた皆様、ありがとうございます。 しばらくは、この「長文ブログ」というスタイルで、精一杯の言葉を記していこうと思います。不器用かなと思いますが。
動画ではありませんが、行間から私の「動く顔、話をしている顔」を想像していただければ幸いです。
以下、全て生成AIを使わずに書いています。
令和7年2025年11月20日真実を知りたい https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/31898
令和7年2025年8月10日ファクトチェックのファクトチェックttps://fukushoji-horifune.net/blog/archives/30529
平成30年2018年10月21日お檀家と夕ご飯・フレンチパラドックス? https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1891
平成29年2017年11月9日アスベスト(石綿)昨日の真理https://fukushoji-horifune.net/blog/archives/795



