真言宗豊山派白王山中台院福性寺真言宗豊山派白王山中台院福性寺
  • おばあさん、おじいさんとも歩きたい(陳情中)

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2019年2月28日

 

安行桜の開花

安行桜の開花 右上に見えます黄色の建物は新築中の老人ホームです 寺の左の道を直進すると墨田川堤防沿いの里道となり右にまがりますと堀船周回路につながります 散歩に最適です

安行桜が昨日から開花しています。早咲きの桜で花が大きいことと、ピンクの色が濃いことが特徴です。お彼岸の時に咲きます。今年の開花は少し早そうです。

今年の春分の彼岸会読経会は3月21日(お中日・春分の日)11時開始です。ご参加下さい。読経や歌を歌うことは、免疫力をアップさせ、癌の治療に役に立つと言う人がいます。しかし、科学的データは乏しいです。本当でしょうか?最近、読経を聴くことは精神の安定によく、免疫欲がアップするとの「科学的データ」が出てきました=別記事を書きます。

当日は暖房をしますが、温かい服装でご参加下さい。参加費はありません。お檀家、ご町内など、どなたでもご参加頂くことができます。お供物=お持ち帰り弁当(助六寿司)の配布があります。

3月になりましてから、お檀家・ご信徒様には、お手紙によりご参加をご案内致します。


2019年2月26日

少し前ですが、お葬式をさいたま市で執行しました。寺から車で35分ほどの距離で、市営霊園の中にあります。故人は公務員として一生を過ごされ、仕事の現場でもご自宅においても、草木をとても愛した方でした。特にサクラソウについての専門家でした。釈尊(お釈迦さま・ブッダ)の入滅のお歳と同様の年齢で亡くなりました。

お檀家ではありませんが、ご親戚が福性寺のお檀家です。こちらのご家族の姓のお檀家は20軒近くあり、江戸時代初期(1600年代)の仏様もおいでです。現在のご本尊様のご寄付や入仏式(寛永2年・1625年)にも参加しているはずです。ご親戚のお墓の周りにリコリスや背の高くなる樹(写真)を植えていました(住職の知らないうちに!)。白い彼岸花やピンクのリコリス(平成29年・2017年8月1日・9月15日、平成30年7月17日記事)は、最初にこの方から頂きました。その後、自然に繁殖することを待つことができず、園芸店から球根を買い求めて植えました。現在、福性寺の白い彼岸花やリコリスは、お檀家が楽しんでいます。

お彼岸などのおりおりに、福性寺の境内で草木に関して、お教えを頂きました。このため葬儀の執行を引き受けました。過去の植物に関する知識の「伝授」のお礼のつもりでした。

故人が植えた樹の小枝です。幹は10㎝以上となっています。10年ほど前までこの木の名前を知っていたと思います。しかし、忘失してしまいました。名前をご存知の方はご教示ください。

故人が植えた樹の小枝 幹は10㎝以上です 木の名前を忘失してしまいました ご存知の方はご教示ください。

お戒名は、「悠々とした大樹のように常に堂々として、また公務員として公正であり大いに公務に貢献した仏教者(居士)」と考えました。重ねて書きますが、亡くなるまでのお名前は、出生時に、ご両親の期待が反映しているお名前ですね。お戒名は故人の人生を総括的に反映した仏教的なお名前です。たくさんの思い出のある方でした。院代様と二人で読経しました。お戒名、祭壇や火葬の意義についても説明致しました。

なお、喪主様から「通夜・葬儀・初七日法要・お戒名布施、お車料、お膳料」を「宗教法人福性寺」に頂きました。有難いお布施です。もちろん一括して布施として、総額の領収書を発行しました。お布施は江戸時代からのご先祖様へのお供えとなりました。いつものとおり「お布施の使途」に関するお礼状・説明書をお持ち帰り頂きました。

法人会計に関しては「総代様会 透明性の高い法人会計」(2018年3月6日記事)をご覧下さい。


2019年2月24日

昨日は、旦那様が早逝された後、50年近く独身であった大姉(年長の仏教女性)様の17回忌法要でした。晩年は、ご子息様のご後見・保護により安楽な生活でした。まず、お戒名の復習から始めました。お戒名の意味は「釈尊(お釈迦様・ブッダ)の教えに従い現世を渾身の努力を持て生き心美しく喜びに満ちた人生をおくった年長の女性の仏教者(大姉)」様です。ご法要の最後に、20人をこえるご出席の皆様と読経をしました。院代様に真言宗豊山派流の太鼓の伴奏をお願いしました。お檀家の皆様との「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」の読経は大合唱でした。本当です。「坊さんが必要ないですね!」とつまらない冗談を言ってしまいました(実は、本心です)。

本日ご本尊様

法要後のご本尊様 高い位置の左右に飛天 その下にマンダラ 供花(ピンクのユリ) お供物の水菓子(晩白柚・ばんぺいゆ)が見えます どなたにもお参り頂きたい素晴らしいご本尊様・大日如来様です 中央下にケース内の多宝塔の頂上が見えます

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」の一句を拾って意味をご説明しました。また、たくさんのお塔婆供養がありましたので、お塔婆の説明・お塔婆の梵字の説明を致しました。

お檀家の皆様は和気あいあいとして、とても楽しそうでした。住職のいう冗談にも、よく笑って頂きました。もちろん、住職もとても楽しかったです。なぜなら、今日の大姉様・仏様は、私の住職就任の頃からの、私の応援団でしたから。有難い仏様の追善供養でした。若い住職(当時の私)の不慣れな(笑!)仏事を違和感なく受け入れて頂きました。16年まえのお通夜まえの枕経では、不覚にも涙が出て上手に読経できませんでした。大姉様に重ねてお礼を申し上げます。


2019年2月21日

東京国立博物館で顔真卿の特別展が開かれています。そろそろ、特別展が終わりそうです(2月24日まで)。一昨日(2月19日・火曜日)出かけてきました。欧陽詢、褚遂良、王羲之や、お大師様(弘法大師)の書との関係も見ることができると言うのです。お大師様によるお経の注釈書の真蹟を見るために出かけてきました。お正月にお檀家・ご信徒様に配布しております「豊山宝暦」の題字はお大師様の真蹟の集字です(平成30年12月6日記事)。私のような理科系人間でも、見つめますと心が洗われる気持ちになる4文字です。

博物館

東京国立博物館 外で待つ人です 博物館の中に入るまで1時間かかります

12時前に到着しました。しかし、館内に入るために60分、さらに、2階の特別展の会場に到着するために30分、台湾の国宝「祭姪文稿」を見るためには、さらにさらに70分が必要と言うのです。私は夕方から会がありましたので、家内をおいて福性寺ではなくて、板橋の研究所に出かけました。お大師様の真蹟を見ることが延期となってしまいました。また、「小説十八史略」(陳舜臣著、愛読書です)によって知った唐時代の官僚である顔真卿の生き方を好ましく思っていました。しかし一生、顔真卿の書を見ることができずに終わることになりそうです。

以下は家内からの伝聞です。本当に長い時間を待ったようです。台湾からの人、中華人民共和国からの人がとても多く、書の素晴らしさはもちろんですが、外国語を話す人が多いことに驚いたとのことでした。ヨーロッパ系の人はいなかったらしいです。お大師様の真蹟もなかなかゆっくり見ることができなかったようです。なお、シルバー料金(笑)には気が付かなったとのことです。

 

 


2019年2月15日

釈尊(お釈迦様・ブッダ)のご遺骨は日本にもあります。ご存知でしたか?実は、私は不明にも!大学を卒業したあとに知りました。明治31年1898年に、お骨壺に入った釈尊のご遺骨がイギリス人により発見されました。お骨壺には、釈尊のご遺骨であると書かれていました。インドで発掘された釈尊のご遺骨は、タイ国の王室などに寄贈されました。さらに、明治33年にタイ国王から日本に贈られました。

日泰寺のご本尊様 タイ国王からの頂きました

日泰寺のご本尊様 タイ国王から頂きました

ご遺骨を安置する日泰寺は、名古屋駅から自動車で30分ちょっとです。しかし、名古屋駅前に駐車しているタクシーの運転手さんは、日泰寺を知らないことがありました。日泰寺の境内はとても広く、五重塔もあります。すべての建物はとても日本的です。しかし、本堂に安置されたご本尊様は、タイ国の国宝であり、素晴らしいお姿をしています。また、タイの国王の銅像も境内にあります。

日泰寺のご本堂と、仏舎利の奉安塔は少し離れています(歩いて約5分)。皆様もご参拝下さい。


2019年2月14日

明日(2月15日)の涅槃会にちなんで記事を書きます。平成4年(1992年)と平成5年に家族旅行で2回、中華人民共和国に出かけました。そのおり、北京市郊外の臥仏寺のお土産品店で買い求めた涅槃像が下の写真です。小さく見えますが50㎝近くあります。福性寺に将来して、27年でしょうか。表面の光沢のある部分がはがれてきました。焼き物なのか彫刻なのかわかりません。(笑) 多分、彫刻に光沢を出すためにニスを塗ったものかなと思います。

臥仏寺の臥仏様は、銅製で5メートル以上でした。北京市内や近くの多くの寺は、文化大革命の時に紅衛兵により徹底的に破壊されていました。しかし、観光客を集めるためか、修復が進んでいました。寺は公園となり僧侶はいないところが多かったです。それでも、参拝の中国人はいました。なお、福性寺の本堂前の涅槃像(2月11日記事)は、台座の長さは213㎝です。涅槃像は、肉髻(にっけい・にくけい、頭のでっぱり)から足の指先まで193㎝です。

臥仏寺のお土産品の涅槃像

臥仏寺のお土産品の涅槃像 同行の親友・王先生(病理医)が値切ろうとしましたがそのままの価格で買いました 王先生については別に記事にします

話はそれますが、多くの寺の参拝のほかに、子供をつれて、マルコポーロブリッジで名高い盧溝橋(もちろん、日中戦争の発端の現場です)や、北京原人が発掘された周口店(石灰山でした)に出かけました。

また、共産党幹部の住むとても高い塀で囲まれた「中南海」の前も通りました。西安市のお寺に関しては、別記事を書きますね。ガイドのアドバイスにより盧溝橋近くの「中国人民抗日戦争記念館」は駐車場だけ一周して、記念館の中はパスしました。とても、大きな建物です。中国人の子供の見学場所となっていました。

 


2019年2月12日

 シアトル高野山の今中太定師とスリランカのサンガラタナ師が来日します。福性寺にお寄り頂けるとのことです。お二人とも、福性寺住職とことなり「本格派!」の仏教者です。福性寺住職はお二人を心から尊敬しています。
サンガラタナ師が

スリランカのサンガラタナ師

今中

シアトル高野山住職 今中太定師

今中師には「福性寺の歴史」の第5版以降の英文を校正して頂きました。今中師はお寺の子供ではありません。サンガラタナ師には、平成3年1991年から「仏教徒海外奨学基金」の受け入れ先となって頂いています。スリランカ仏教界では、最高位にちかいお方です。

今中師はお彼岸前後、サンガラタナ師は4月中旬に来日します。正式なご来寺日程が定まりましたら、このホームページでお知らせ致します。

ご面会希望の皆様は、福性寺までご連絡ください。また、両師に、布施や献金、奨学金のご寄付をご希望の皆様は福性寺にお届けください。ご来寺のおりにお渡しいたします。


2019年2月11日

今日の涅槃像

今日の福性寺の涅槃像 福島県郡山市の真言宗室生寺派 阿弥陀寺先代住職小田弘毅大僧正の発案で福性寺先代住職 周誉師の13回忌(平成3年1991年)につくられました 6人の僧侶と総代様寺族5人の合わせて11人の名前が右の石碑あります 献金=おさい銭は南アジア・チベットの子供や学僧の奨学金となります

2月15日は涅槃会(ねはんえ)です。今年は今週の金曜日です。福性寺では、涅槃像の前で読経します。お寺によっては、3月15日におこなっています。釈尊(お釈迦様・ブッダ)のお命日です。

スリランカなどテーラワーダ仏教(南伝仏教)の国では、ウェーサーカ祭として、降誕会(花祭り、平成30年・2018年4月1日記事)、成道会(平成29年・2017年12月9日記事)、涅槃会を一緒におこなっています(5月の満月の日)。つまり釈尊の誕生、成道、入滅(=涅槃)は同じ日におこったと考えています。なお、今回の涅槃会の記事で、釈尊にかかわる大切な日(降誕会・成道会・涅槃会、三大仏事)をホームページの中で全て記事にしたことになります。

日本国内でウェーサーカ祭をおこなっているのは、私のお聞きしている範囲では、釈尊のご遺骨・仏舎利をまつる覚王山日泰寺です。しかし、どのような行事かは知りません。日泰寺は名古屋市にあります。もちろん、名古屋に出かけた時には、よく参拝しています。

なお、覚王とはもちろん釈尊のことです。日泰寺は日本国とタイ国の寺の意味ですね。仏舎利塔のある日泰寺については、別に書きます。

 


2019年2月7日

平成30年2018年仏教徒海外奨学基金のスリランカの奨学生から絵 赤いお花を持って仏舎利塔に参拝

平成30年2018年仏教徒海外奨学基金(左サイドメニューを見て下さい)のスリランカの奨学生からの絵 赤いお花の束を持って仏舎利塔に参拝 空に近い木々の緑が明るく塗られています スカートや木の幹の影の印象から早朝でしょうか? 少年ではなくて少女が書いたらしいです

ビッグニュースです。「 お命日休暇」!初めてお聞きしました。

2月6日(火曜日)現役のサラリーマンのお檀家が墓参においでになりました。「今日はお休みですか?」との家人からの問いかけに、「今日はお命日休暇です!」というのです。ご存知でしたか?「お命日休暇」驚きましたね!今様に書きましたらWow! Surprise!でしょうか?

素晴らしい仕事場ですね。ご両親が亡くなった後、15年間は「お命日休暇」を頂くことができるそうです。全ての会社で、「お命日休暇」を作ってほしいです。考えてみますと、確かにあってよい休暇ですね。心の平安のために、とてもよさそうです。

福性寺住職は、お檀家の皆様に7月14日前後のお盆には、休暇をおすすめしています。亡き父母やご先祖様と夕食をとるためです。実際、江戸時代に農家であったお檀家では、実行されています。70年近く生きてきました。40年間、寺の住職をしています。しかし、「お命日休暇」という制度が、この近代化した日本にあるとは!大感動しました!!


2019年2月5日

釈尊誕生 平成30年2018年仏教徒海外奨学基金の奨学生からの絵

釈尊誕生 平成30年2018年仏教徒海外奨学基金のスリランカの奨学生からの絵 場所はもちろんルンビニー園です マーヤー夫人のつかむ樹は無憂樹(むゆうじゅ アショカ・アソカ)でしょうか

何度もやぶ医者という言葉を聞きました。(笑)語源はいくつもの説があります。「やぶのように見通しがきかない」医者という説が福性寺住職は好きです。福性寺には竹を植えてあり、頭の高さまでありました。院代様の控室の窓の目隠しです。皆さんが「住職さんは、竹(やぶ)が好きなんですね!」と意味深長な含み笑いで喜びます。「やぶよりも、もっと見通しのきかないことから、土手医者と呼ぶこともあるらしいです!」と住職は口ごたえ!しています。スズメ医者という言葉もあり、スズメは、やぶが好きだからでしょうか?ある時、植木職人さんが竹を膝の高さに切りそろえてくれました。見通しがよくなり、竹の子医者ぐらいになりました。

ところで、すべてを見通すとは、釈尊(お釈迦様・ブッダ)に備わった徳(三徳のひとつ)です。相手の気持ちも見通す、相手の立場にも立つことを含んでいます。しかし、現代は「自己主張の時代」ですから、これは難しいですね。相手の立場に立ったブログとか、書き込みとかあり得ませんかね?

機会を見て「見通しがきかない」(=私の)病理診断、外科病理について書きます。


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