真言宗豊山派白王山中台院福性寺真言宗豊山派白王山中台院福性寺
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2019年3月21日

仏讃歌「お誓い」のあと

読経会 仏讃歌「お誓い」のあとです この後総代様のご挨拶とお焼香です

午前中の読経会には、多数のご参加を有難うございました。「お寺と関係がないんですけどいいですか?」(男性)、「前から参加したかったのですがお友達と一緒にお邪魔します」(女性)など、初めてご参加頂いた方が、たくさんおいででした。

福性寺はお檀家の少ない寺です(自慢になりませんけど!)が、もっと大きな本堂がほしいと思いました。

今回は若い方の参加が多く、参加を促して頂きましたお父様・お母様に心から感謝致します。また、92歳の女性がヘルパーさんと一緒に老人ホームから参加頂きました。有難うございました。ご参加のすべての皆様に心から感謝致します。

今回の法要では、釈尊(お釈迦様・ブッダ)によるサールナートでの「初転法輪」(=釈尊が初めて「四諦八正道」を説明)について、特に説明しました。また、正見(釈尊のように見る)についても触れました。

朝の彼岸のお中日

朝のお彼岸のお中日 手前は駐車場の「ゆすらうめ」 左上は江戸彼岸桜 墓地のピンクはアンズです

さらに、お大師様(弘法大師)の主張「即身成仏」と「密厳国土」を、仏讃歌「お誓い」の歌詞を通じて説明しました。「お誓い」はこちらで聴くことができます http://fukushoji-horifune.net/event/#gantan-movhttp://。

朝は肌寒かったのですが、午後からは風が強くなり暑くなりました。

いつもどおり、午後4時には閉門予定です。お彼岸中、開いている本堂の玄関の扉も、午後4時に閉じます。


2019年3月14日

仏教徒海外奨学基金は平成3年・1991年に設立されました。詳しくは左サイドメニューをご覧下さい http://fukushoji-horifune.net/fund/ 。経済的に就学の機会の乏しい南アジアの子供のための基金です。8寺院と有志により運営されています。平成30年度(平成30年4月から31年3月まで)の基金の総会が、3月12日に「王子ベルモントII」で開かれました。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)には、王子(幼少期)のころ、国を代表する優れた教師がいました。しかし、学問や武術を教授する人々が驚くほどの熱心さで学び、全てを理解し、次第に一人で学ぶようになりました。釈尊は、35歳で悟りを得ました。しかし、子供のころからの身体の鍛錬と努力、勉学と知識の集積は、大変なものであったことがわかります。福性寺住職は、釈尊の幼少のころからの努力のお話しをすることが多いです。奨学基金はお檀家様・ご信徒様のご希望、つまり釈尊と同様に、釈尊の国とその近隣の国の子供に熱心に学んでほしいという願いを、私ども寺院住職や有志は代理で実行させて頂いています。

総会風景 僧侶5人と会計担当1人が出席し配布金額を決定しました

総会風景 僧侶4人と有志会員1人会計担当1人が出席し配布金額を決定しました

当日は、会計を報告したあと、配布金額について議論しました。スリランカ・サンガラタナ師は、今年4月末に来日します。このため、増額した奨学金など40万円を手渡す予定です。また、チベットからの亡命修行僧・学僧には、42万円を振込みで送金の予定です。白舘戒雲師(ツルテムケサム師)を通じて配布します。

ベンガル仏教協会には、配布する方法がなくなりました。配布を見合わせます。インドにおける別の配布の受け入れ先を探すことになりました。情報を頂けましたら有難いです。


2019年3月4日

3月1日から3日まで、私の医学の専門領域の「国際会議」が、京都で開かれました。世界各国から15人の出席者があり、日本からも15人の医学者が集まり討議して結論を出します。私も2題の演者と司会のご指名を受けていました。英語の発音も外国人に4回も来てもらい練習(笑)しました。質問には完璧に回答できなくても、演説内容は外国人に100%理解してもらうことが長年の習慣です。しかし、2月28日から、発熱と声が出なくなり、倦怠感もひどく出かけることができませんでした。実は新年になりましてからご葬儀が多く、特に遠方の葬儀がありました。また、お檀家の少ない寺にもかかわらず、有難いことに年回法要がとても多かったのです。過労だと思います。健康管理ができませんでした。

それでも、平熱近くになった2日に、会議に出かけました。一部を欠席したおわびに、国際会議のメンバーに私の著書(CDR版)を差し上げました。夕食はホテルです。外国人のご接待用のために、舞妓さんと芸妓さんが舞台で、「祇園小唄」を踊りました。なつかしい歌でした。舞妓さんがいうのです。5年目!の修行中と、5年も!と率直に驚きました。

会長のご厚意でディナーがありました 舞妓さんと芸妓さんによる「祇園小唄」の歌と踊りが素晴らしかったです 舞妓さんと芸妓さんはとても美人でしたがカメラの技術が低くて申し訳ありません 左の方はインドから来た医師

会長招宴 会長のご厚意によるディナー 舞妓さんと芸妓さんによる「祇園小唄」の歌と踊りが素晴らしかったです 舞妓さんと芸妓さんはとても美人でした 左下の方(逆光)は私の隣席のインドムンバイから来た医師です

祇園で思い出しました。平家物語の冒頭と、釈尊(お釈迦様・ブッダ)がお元気な時からのお寺=「祇園精舎」です。慈悲心から身寄りの乏しい人々に食物を与えていたコーサラ国の人が、釈尊のお考えに心の底から賛同し=帰依し、釈尊のために寺院(=精舎)を寄進しました。釈尊の教団は、雨季だけは建物内で修行する(安居)ようになっていたからだと思います。これを「祇園精舎」と言いますね。「祇園」はこの寄進者たちの名前の漢訳からきています。現在のインドの「祇園精舎」は公園となっています。日本の「祇園」は花街ですけれど。インドでも日本でも、両方とも行きたいところですか?


2019年2月15日

釈尊(お釈迦様・ブッダ)のご遺骨は日本にもあります。ご存知でしたか?実は、私は不明にも!大学を卒業したあとに知りました。明治31年1898年に、お骨壺に入った釈尊のご遺骨がイギリス人により発見されました。お骨壺には、釈尊のご遺骨であると書かれていました。インドで発掘された釈尊のご遺骨は、タイ国の王室などに寄贈されました。さらに、明治33年にタイ国王から日本に贈られました。

日泰寺のご本尊様 タイ国王からの頂きました

日泰寺のご本尊様 タイ国王から頂きました

ご遺骨を安置する日泰寺は、名古屋駅から自動車で30分ちょっとです。しかし、名古屋駅前に駐車しているタクシーの運転手さんは、日泰寺を知らないことがありました。日泰寺の境内はとても広く、五重塔もあります。すべての建物はとても日本的です。しかし、本堂に安置されたご本尊様は、タイ国の国宝であり、素晴らしいお姿をしています。また、タイの国王の銅像も境内にあります。

日泰寺のご本堂と、仏舎利の奉安塔は少し離れています(歩いて約5分)。皆様もご参拝下さい。


2019年2月14日

明日(2月15日)の涅槃会にちなんで記事を書きます。平成4年(1992年)と平成5年に家族旅行で2回、中華人民共和国に出かけました。そのおり、北京市郊外の臥仏寺のお土産品店で買い求めた涅槃像が下の写真です。小さく見えますが50㎝近くあります。福性寺に将来して、27年でしょうか。表面の光沢のある部分がはがれてきました。焼き物なのか彫刻なのかわかりません。(笑) 多分、彫刻に光沢を出すためにニスを塗ったものかなと思います。

臥仏寺の臥仏様は、銅製で5メートル以上でした。北京市内や近くの多くの寺は、文化大革命の時に紅衛兵により徹底的に破壊されていました。しかし、観光客を集めるためか、修復が進んでいました。寺は公園となり僧侶はいないところが多かったです。それでも、参拝の中国人はいました。なお、福性寺の本堂前の涅槃像(2月11日記事)は、台座の長さは213㎝です。涅槃像は、肉髻(にっけい・にくけい、頭のでっぱり)から足の指先まで193㎝です。

臥仏寺のお土産品の涅槃像

臥仏寺のお土産品の涅槃像 同行の親友・王先生(病理医)が値切ろうとしましたがそのままの価格で買いました 王先生については別に記事にします

話はそれますが、多くの寺の参拝のほかに、子供をつれて、マルコポーロブリッジで名高い盧溝橋(もちろん、日中戦争の発端の現場です)や、北京原人が発掘された周口店(石灰山でした)に出かけました。

また、共産党幹部の住むとても高い塀で囲まれた「中南海」の前も通りました。西安市のお寺に関しては、別記事を書きますね。ガイドのアドバイスにより盧溝橋近くの「中国人民抗日戦争記念館」は駐車場だけ一周して、記念館の中はパスしました。とても、大きな建物です。中国人の子供の見学場所となっていました。

 


2019年2月11日

今日の涅槃像

今日の福性寺の涅槃像 福島県郡山市の真言宗室生寺派 阿弥陀寺先代住職小田弘毅大僧正の発案で福性寺先代住職 周誉師の13回忌(平成3年1991年)につくられました 6人の僧侶と総代様寺族5人の合わせて11人の名前が右の石碑あります 献金=おさい銭は南アジア・チベットの子供や学僧の奨学金となります

2月15日は涅槃会(ねはんえ)です。今年は今週の金曜日です。福性寺では、涅槃像の前で読経します。お寺によっては、3月15日におこなっています。釈尊(お釈迦様・ブッダ)のお命日です。

スリランカなどテーラワーダ仏教(南伝仏教)の国では、ウェーサーカ祭として、降誕会(花祭り、平成30年・2018年4月1日記事)、成道会(平成29年・2017年12月9日記事)、涅槃会を一緒におこなっています(5月の満月の日)。つまり釈尊の誕生、成道、入滅(=涅槃)は同じ日におこったと考えています。なお、今回の涅槃会の記事で、釈尊にかかわる大切な日(降誕会・成道会・涅槃会、三大仏事)をホームページの中で全て記事にしたことになります。

日本国内でウェーサーカ祭をおこなっているのは、私のお聞きしている範囲では、釈尊のご遺骨・仏舎利をまつる覚王山日泰寺です。しかし、どのような行事かは知りません。日泰寺は名古屋市にあります。もちろん、名古屋に出かけた時には、よく参拝しています。

なお、覚王とはもちろん釈尊のことです。日泰寺は日本国とタイ国の寺の意味ですね。仏舎利塔のある日泰寺については、別に書きます。

 


2018年11月16日

仏式の葬儀の祭壇に必須なものの一つに四華(しか:四華花)があります(写真)。白や銀色の四華が多いです。中には、金色のものもあります。四華とは、沙羅双樹を表しています。釈尊(お釈迦様・ブッダ)が、80歳の時に涅槃に入られる時、シャラの2本の樹(沙羅双樹:さらそうじゅ)の間に横たわりました。

涅槃を迎えられると、沙羅双樹の花など、釈尊を取り巻くものが白くなり、また枯れてしまいました。このため、私たちが死に臨んで、釈尊と同様な心境を得たいと心から願って、祭壇におくものです。つまり、仏式の葬儀では必須!です。祭壇自体は全く不要です(本当です)が、四華は必要です。

葬儀社の若い社員の方が、四華を知らないことが少なからずあります。また、「四華はありません」と言われることも、時々あります(住職は、NHKの番組「チコちゃんに叱られる!」http://www4.nhk.or.jp/chikochan/の「チコちゃん」と同じように、おこりそうになりますね=おこりませんけど)(笑) お通夜に四華がない時には、翌日の葬儀には、お供えするように必ずお話しています。もちろん、お通夜に四華を含めた祭壇の説明をしています。それでも四華がない時があります。困惑します。最近は、うるさい住職(もちろん私!)がいるためか、町屋葬儀場や堀船では、四華のお供えされていないことは減りました。

四華(2017年11月26日掲載)

四華(2017年11月26日記事にも掲載)


2018年9月4日

最近、「まや」という名のイージス艦(海上自衛隊)が進水したことを知りました。マーヤー夫人(摩耶夫人・まや夫人、お寺では「夫人」を「ぶにん」と読むことが多いです)・仏母(寺では「ぶつも」と読むことが多いです)のお名前がイージス艦?!ちなみに、イージスとは盾ですね。「まや」「マーヤー」?!という音で、直ちに住職は反応します。パブロフのイヌ以上のすばやい反射です。

そこで調べてみました。明治時代や戦前も「摩耶」という砲艦(定義を知りません)や巡洋艦(定義を知りません)があったようです。日本の巡洋艦の名前は、山の名前からとられたようです。つまり、六甲山の中に「摩耶山」があり、軍艦や護衛艦の名前は、こちらの「山」の名前に因んで、名づけられたようです。

カナダ・バンクーバー市内の仏教寺院 釈尊のお誕生日に行事があります

カナダ・バンクーバー市の仏教寺院 釈尊の誕生日4月8日には行事があります 釈尊誕生後マーヤー夫人は7日目に亡くなりました(北米病理学会出席時に撮影)

ところで、摩耶山には摩耶山天上寺(てんじょうじ)があります。お大師様(弘法大師)が、釈尊(お釈迦様、ブッダ)の生母・マーヤー夫人の像をこの摩耶山に安置して、摩耶山天上寺となったらしいです。もちろん、真言宗のお寺です。

このお寺は、女性の参拝の方がとても多いです。安産などの祈願に参拝するようです。

イージス艦の名前が「まや」!とても優しい印象です。イージス艦は直線的な形の船ですが、艦名は「たおやか」です。常に平和と安静・安心を求めた釈尊です。自衛隊のイージス艦とはいえ、仏母(に因む山)のお名前を持ちます。実際の戦争・戦闘とは無縁であり、「戦争のない状態である平和」を実現してほしいです。さらに、「兵器・武器のない(に頼らない)平和」につながり、日本と世界の平和に貢献してほしいですね。

お大師様の「密厳国土」(平成29年・2017年9月23日の記事を参照ください)というドクトリン・主張を思い出します。


2018年4月6日

今朝(4月6日・金曜日)の福性寺の門前です。

施餓鬼会(せがきえ、4月23日)に満開になるように、つつじが、じか植えや植木鉢にあります。しかし、今年は、4月8日の花祭り(釈尊誕生会・降誕会)の時に、満開になりそうです。門前の植木鉢は満開ですが、山門内のつつじは、まだツボミが多いです。

花祭りには、散歩がてら!誕生仏に甘茶を注ぎにおいで下さい。「ついで詣り」で構いません。

福性寺のつつじは、赤い花が多いです。赤は仏教の五色の一つです。慈悲や平等を表すとする意見があります。
IMG_0792


2018年4月1日

スリランカの奨学生から頂いた絵です。

おわかりになりますか?この絵の題材(絵の主題となるもの)は何ですか??

スリランカの奨学生からの絵(2017年)

スリランカの奨学生からの絵(平成29年・2017年) 題材は??

 

お檀家・ご信徒の皆様に、花祭り(釈尊誕生会・降誕会、福性寺では毎年4月の第1日曜日、今年は4月8日)と、施餓鬼会(4月23日)のご案内(2回目)をメール便(ヤマト運輸)で、お送り致しました。

内容は、カバーレター、去年(平成29年・2017年)9月8日の「ダリダのお墓 外国の墓地」(モンマルトル墓地)の記事と今年(平成30年・2018年)1月23日の「釈尊(しゃくそん)と雪」の記事の印刷体です。さらに、3月26日の記事の中にある「日本の昔話には、どうしてお寺がでてくるの(4月28日1時半から対談)」のチラシの4枚です。

奨学生からの絵では、釈尊(おしゃか様・ブッダ)が七つの蓮の上を歩いていますね。右手を天、左手は地を指しています。誕生仏が題材です。

4月8日(日曜日)には、福性寺本堂玄関に、花御堂の中に誕生仏を安置します。甘茶を誕生仏に注ぎ、お参り下さい。お供物(甘茶ティーバッグと都電もなか各1個)をお持ち帰り下さい。

なお、おさい銭は、スリランカ・インド・亡命チベット人への奨学金となります。


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