真言宗豊山派白王山中台院福性寺真言宗豊山派白王山中台院福性寺
  • おばあさん、おじいさんとも歩きたい(陳情中)

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2019年6月9日

前回(6月4日ニュージーランドの大仏様 ニュージーランドワイン)に、書きますとお約束した留学時の医学的な記事です。

すでに住職になってからの留学で、長い時間は寺を留守にはできません。このため、短期集中(短期決戦?日本人が得意ですね!)を目指しました。この間、栃木県藤岡町の矢田正幸師、母と家内が寺で頑張りました。

「白人に多いバレット癌の発生母地=バレット食道」の研究のために、留学しました。この一連の疾患は、日本では少ないです。しかし、欧米ではとても高頻度です。多分、日本でも頻度が上がると考え、診断する力を上げるためと、原著論文を書くために出かけました。実際、前記の疾患の頻度は、日本で上がってきています。ギャンブルは一切しませんが、予想は的中!しました。

これらの疾患は「胃食道逆流症」が原因です。文字通り「胃液などが食道に逆流」するために発生します。胸やけや胸部の不快感が主な症状です。胸やけを感じる皆様は、内視鏡検査のできる医師を受診して下さい。適切な薬があります。「前かがみ」になると、症状が悪化したりすることがあります。何度も逆流を繰り返すと、食道が胃や腸のような粘膜(=バレット食道=前癌病変)となり、バレット癌が発生してきます。

ところで、大きな仏様の両脇の小さな仏様(脇侍)や弥勒菩薩様は前かがみですね。これらの仏様に参拝したあと、仏様を注視すると、必ずと言っていいほど「胃食道逆流症」を思い出しますね。このようなことを考えるのは、医師でも僧侶でも、私だけかな!と思い笑ってしまうことがあります。

元寇に備えるための防塁です 今回、福岡に出かけましたので何か所かの防塁を見に出かけてきました 3人のタクシーの運転手さんは観光客を一度も防塁に連れてきたことがないとのことでした 歴史好きにはたまらない場所でしたけど どこの防塁も大変立派で北条時宗の強い決意(日本防衛?)と建築期間が「長期戦」であったことを知ることができます

元寇防塁 福岡で防塁(石築地)を見てきました 3人のタクシーの運転手さんは観光客を一度も!防塁に連れてきたことがないとのこと 歴史好きにはたまらない場所ですけれど どこの防塁も大変立派で総延長は20kmとのこと また長崎県にもさらに長い防塁があるとのことでした 北条時宗の強い決意(日本防衛?)と防塁の建設が「長期戦」であったことを知ることができました

留学が短期間であっても、論文を書こうと思っていました。雑事や観光はしませんでした。ホテルに居て、洗濯も自分でしませんでした。しかし、5カ月間に1報の原著と1報の症例報告論文を書いて帰国しました。その2論文は、他の医学者の書いた10論文の中で引用されています。留学により、少しだけですが、社会に有用な論文がかけたかな?!と思っています。その後、現在までに、前記の疾患に関しては20報以上の英語論文を発表して、すっかり得意分野(笑)になりました。

このため、何度もこの分野の講演者として招待されています。最近も、第97回日本消化器内視鏡学会(会長:昭和大学井上晴洋教授5月31日~)では、臨床医の発表に病理医としてコメント(意見や補足的な見解を加える)する役割でした。また、福岡(写真)での日本食道学会(会長:九州がんセンター藤也寸志院長6月6日~)の特別発言者(複数の講演をまとめる)に指名して頂きました。このところ、医学会での役割を楽しんでいます。

以下、留学中にお世話になったJass教授の記事のリンクです。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/699

 


2019年6月4日

先日、なつかしいニュージーランド産の白ワインを見つけました。とても安いので買って飲んでみました。味はうすくてちょっと水っぽい感じでした。(笑)しかし、留学中はとてもおいしかったのですが。

私の留学について思い出したことを書きます。白人に頻度の高い疾患(将来、日本でも頻度が上がると考えました)を研究するために、「白人が多い国で治安のよい国」を選びました。ニュージーランドですね。平成6年・1994年12月からニュージーランドのオークランド大学・病院・子供病院に留学していました(客員教授)。

しかし、毎週、土曜日・日曜日、また時には平日も、オークランド郊外にあるチベット仏教寺院(http://kagyu.org.nz/)で、真言宗のお経を読ませて頂きました。医学研究のために留学しましたが、思いがけずチベット仏教の有り様を学ぶことができました。自然を特に大事にする人々が寺に集まってきていました。アジア人はほとんどいませんでした。午後からは、平日と同様に研究所に出かけるか、ユダヤ人墓地や公園で読書をしましたね。

ニュージランド・オークランド市郊外の大仏様(New Zealand Karma Kagyu Trustから転載許可済み)

ニュージーランド・オークランド市郊外の大仏様(New Zealand Karma Kagyu Trustから転載許可済み)です この大仏様のある寺で真言宗のお経を読ませてもらっていました 1992年に開眼供養法要が行われ私の留学時には黒いお姿でした 最近金色になりました 7mの高さがあるらしいです

留学中、高い夕ご飯を食べることができません。安いレストランを探して食べました。和食レストランは、主に韓国人がオーナーで値段が高かったです。このため、シンガポールレストランと韓国料理のレストランの常連でした。週末の夕食時には、白ワインを飲みました。しかし、ボトル四分の一か三分の一程度しか飲むことができませんので、残りはシンガポールレストランでは、店主が飲んでいました。このため、私が出かけると店主から大歓迎をうけました。そのお店は、グラスワインがなかったのです。ボトルで買いました。

この他にも、ブラジルのサンパウロ大学などから教えに来るように要請がありました。しかし、長く寺を留守にすることができないのでお断りしました。それでも、講演は引き受け、ルーマニアなど日本人観光客の少ない国にも出かけました。

最近、日本人の医学者の海外留学が少なくなっています。一つには、日本の医学(消化管学など)のレベルが上がったこともあります。しかし、エトランゼ生活は楽しいですし、研究に打ち込むことができます。私の推薦で留学した医師も何人かいます。積極的に推薦状を書いたり、海外の名の通った医学者を紹介するようにしています。

ニュージーランドのお寺のサイトですKarma Choeling Buddhist Monastery.

この記事と関連する留学中の研究と医学に関連する記事を次回に書きます。

 


2019年6月2日

門前の石仏様 写真左下に東洋紡績の社員が奉納した「一体の水鉢と線香立て」が見えます

門前の石仏様 写真左下に東洋紡績の社員が奉納した一体の「水鉢と線香立て」が見えます 六阿弥陀一番目道地蔵尊の左となりの舟形の石の前です 現在お地蔵様の家(木造ペンキ塗り)は修理中で車庫の中にあります

前回の記事に引き続き門前の石仏様などについて書きます。

延命地蔵尊と左六阿弥陀一番道地蔵尊の左に、施主名の書かれた水鉢と花立て(一つの石)があります(写真)。以下が書き込まれています。

世話人 川島久吉 水野□次郎 松木源吉 中川トヨ 東洋紡績有志一同 大正八年□□ (1919年)

奉納から100年後では、石の風化により、お名前を読むことができない字ができています。

勤務先の工場の近くのお地蔵様に、寄付をする方がいたんですね!お地蔵様が、あんまりボロボロで貧しく同情して奉納したのでしょうか?「東洋紡績有志一同」様がそろって新調した「水鉢花立て」の前で、お参りをしたのでしょうか。

東洋紡績は以前のキリンビール、現在のプリントメディア(読売新聞など)の敷地にありました。明治41年(1908年)に下野紡績の工場として始まり、昭和16年(1941年)までありました。それ以降(昭和17年1月以降)は、東京第一陸軍造兵廠に工場敷地を貸与し、戦後払い下げになりました(堀船郷土史平成増補版、平成28年発行)。

ところで、福性寺には、東洋紡績の社員であった2軒のお檀家がおいでです。驚きませんか?いずれも篤信のお檀家です。世代を経たあとも、お互いのお家のご先祖様が東洋紡績の社員であったことをご存知です。東洋紡績の全国の支社をお回りになったお檀家のご子孫は、私と、海外を含めた参拝旅行に出かけています。そのおり、東洋紡績の社員であったお父様のお話をして下さいました。私の父ととても昵懇のお父様でした。いずれも、福性寺にとって大切で有難いお檀家です。

ある時、こちらのお父様が消化器の悪性腫瘍になり禁食でお過ごしとのことで、ご家族から相談を受けました。「お父さんは食いしん坊で、食事ができないので、とてもかわいそうです」とお聞きしました。お肉が好きでした。物を食べると出血すること、進行癌であることと、ご高齢であることのために手術をしてもらえないとのことでした。しかし、私の身近な病院で、口から食べることができるようにすることを目的として、手術をしてもらいました。治癒を目指すことだけが医療ではありません(5月25日記事)。

また、この病院は患者の老化の程度を年齢(カレンダーエイジ)ではなくて、実際のお身体の状態で判断しています。単に、実年齢だけで手術の適応(医療の中の正当性)がないなどとは言わないです。とても誠実な病院です。

数年して、再発することなく癌以外の病気で亡くなりました。お嬢様からは、美味しものを何度もたくさん食べてもらえたことと、昔の話を繰り返し聞くことができて、うれしかったと感謝されました。多分、手術後もおいしいステーキをお食べ頂けたと思います。葬儀は私が執行しました。


2019年5月29日

親はいつも子供の健康と成功を祈念しています。最近の子供虐待のニュースにであいますと、そうでもないのかな?と悲しい気持ちになり心配になります。

ところで、福性寺門前には「延命地蔵」様(天和2年・1682年建立)が安置されています。前回の令和元年5月25日の記事に写真があります。リンクは以下です。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3547

六阿弥陀一番目道のお地蔵様

江戸六阿弥陀一番目道のお地蔵様 お顔の表情がわかりませんね しかし舟形の右下にお施主様名があります

延命地蔵様は昔から子供の長命と加護をお願いする仏様です。この仏様にお参りすることは、子を守り寿命を延ばすことを地蔵菩薩の誓いにしてもらうことです。そのような願いは、医療の発達していなかった時代、子供が亡くなることが多かった時代には、切実であったと思います。このためか「お地蔵様」や「お薬師様」(別名を「医王善逝」)をご本尊様とするお寺はとても多いです。子供への愛情は時代によって変化していないと信じたいです。

延命地蔵様の左にも舟形のお地蔵様があります(写真)。お地蔵様の左には「六阿弥陀左一番目道」と彫り込まれています。福性寺のお隣の「江戸六阿弥陀」第一番札所の西福寺様への道標となっています。右には、明和7年・1770年2月に建立と記され、「施主 石井与市右□□」様と書かれています。お名前の「右□□」の部分は、右ヱ門様でしょうか?ご自分の長命を祈念するよりも、お子様・ご子孫の健康長寿を祈念して、この仏様を建立したのでしょう。石井家は福性寺のお檀家の10%近く(20軒)を占めています。

この記事は「福性寺の歴史」(3400部近くを配布済み)の次の版(第7版)に追加の予定です。

梶原商店街の愛宕地蔵尊関する記事は以下です。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/724


2019年5月25日

延命地蔵様(天和2年・1682年建立)

延命地蔵様(正面・天和2年・1682年建立)右に子育地蔵様 子供の長命を祈念しています おさい銭は南アジアの子供の奨学金になります(説明書き) 左に大正8年1919年に東洋紡績の有志一同が寄付をした水鉢があります。東洋紡績は以前のキリンビール現在のプリントメディアの敷地に昭和16年・1941年までありました

先日、病気に悩むお檀家(高齢男性、難病です)との会話の中で、そのお檀家の主治医に対するご意見=評価をお聞きしました。評価が低い時にお返事に困ります。

このような時、Ambroise Paré(1510~90)の言葉を紹介しています(孫引きで、本当にParéの言葉である原著を読んでいません)。実は、ほかのお檀家にも、何度も話したことがあります。「To cure sometimes, To relieve often, To comfort always」、「時に治し,しばしば苦痛を和らげ、常に慰める」、医師は時々(sometimes)病気を治すことができる。医師は病気を治すことは、いつもできる訳ではないのです。患者の症状(痛みなど)をやわらげることは、しばしば(often) できます。患者に慰めを与えることは、常に(always)可能ですね。この言葉は医学・医療の本質を表したものとして、医師の間では、よく知られています(と私は思っています)。医学部の医学概論や医学史の授業で習うことがあるからです。なお、Ambroise Paréは哲学者ではなくて外科医として知られています。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の説法は、全て「To comfort always」だったのですから素晴らしいです。と言うよりも、「To comfort always」「安心」のための釈尊の説法でした。ところで、「慰めを与える」ことは、人であれば、医師資格の有無とは無関係に、誰にでもできますか?そのためには、相手をよく知っていることが前提ですか?

最近、大きな法要で、法話を依頼されます。「To comfort always」ができません。後日、もう少し書きます。

昨日(5月24日)は東大和市で施餓鬼会の式衆でした。「式衆」の説明は以下にあります。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2068

7月や8月ではなくて、春に施餓鬼会を行う寺が増えました。「暑い施餓鬼会から涼しい施餓鬼会に」の記事は下記のリンクです。昨日は夏のような暑さでした。

( http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1553


2019年4月4日

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2915 平成31年3月17日の記事

歌うと健康?!読経と仏讃歌の斉唱・読経会にご参加を!!」の続編です。

お経を聞くと、喪失感による悲しみが癒やされるとする研究結果を、東北大学の谷山洋三准教授(宗教学)らの研究チームが発表しました。さらに裏付けに関する論文が発刊予定(in press)です。雑誌に採択・掲載!おめでとうございます。最近の表現では Wow! Congratulations! ですか?それにしましても驚きました。読経とフィジカルの関係を研究する学者がいるのですから。

谷山先生は、「経験的にお経の効果は感じていたが、免疫力の向上やストレス軽減を実証的に確認したのは初めて」としています。研究はペットを失った経験を持つ21~72歳の男女36人を二つのグループに分けて、僧侶の読経を20分間聞いたグループと、聞かずにすわったままのグループに分けます。不安の大きさを数値化できる指標と、ストレスの大きさが分かる免疫物質(だ液中の免疫グロブリンA)の量を測定して、読経前と後の変化を2グループで比較しました。

福性寺にはソメイヨシノは1本だけです 数日前から満開です

福性寺には染井吉野・ソメイヨシノは1本だけです 数日前から満開です なぜか植木職人さんが樹を丸くつくっています

2グループとも不安を示す数値が減少しました。しかし、お経を聞いたグループの減少幅は、聞かなかったグループの約3倍でした。また、免疫物質の量は、お経を聞いたグループが約1.5倍に増え、ストレスが減っていたのに対し、聞かなかったグループは、ほとんど変わらなかったらしいです。

谷山先生からは、研究内容に関する詳細をEメールでご教示頂きました。有難かったです。心から感謝致します。今回の研究に関して、日本語論文があります(谷山洋三先生他.経文聴取による喪失悲嘆のストレスのケア.仏教看護・ビハーラ11:151-65, 2016)。新聞記事もあります(読売新聞2018年12月13日)。

谷山洋三先生ホームページ

https://www.sal.tohoku.ac.jp/jp/research/researcher/profile/—id-77.html


2019年3月24日

最初に!病理解剖で取り出したヒトの肺の写真が最下段にあります。ご覧になると気分が悪くなりそうな方は閲覧を中止して下さい。

 

今日でお彼岸が終わります。

少ないですが、お線香立てにタバコを置く人がいます。どうなんですかね?国民全体の健康・栄養などに関する法律である「改正健康増進法」は、タバコに関する議論に集中する傾向があります。特に東京都(条例)では、受動喫煙の防止のために、小規模飲食店(10坪程度以下)を除いて、原則禁煙です。平成32年(新元号2年)には、施行されます。

福性寺では2年前に「重いゴミ」を清掃車に私が運び出しました。それがクリスタルガラス製の灰皿でした(高価でした)。中身を知ることなく住職は灰皿を廃棄しました。このため、現在、福性寺には灰皿はありません。

ところで、「仏教ではタバコはいかがなんですか?」と聞かれます。とっさに、「タバコはコロンブスがアメリカ大陸からヨーロッパに、梅毒とともに持ち帰ったと言う人がいます。釈尊(お釈迦様・ブッダ)の時代にはありませんでしたから、どうなんですかね?」と知識をひけらかすだけ(ごめんなさい!)で、お答えに、かえたことがあります。「周囲の人を傷つけます(受動喫煙)から、もちろんダメです」と言えば、よかったかと考えています。

下の写真を視て下さい。平成17年・2005年を中心に都立高校定時制で、私がなんどか行った出張講演(どこでも、ご依頼があれば今でも講演にでかけます=無料です)で使用したスライドの1枚です。

写真左は空気の清潔ではないと考えられた東京で亡くなった非喫煙者の肺です。病理解剖で取り出しました。ピンクできれいです。写真右は空気のきれいな農村に住んでいましたが、喫煙者の肺です。この方は、毎日タバコをひと箱20本45年間吸っていました。20(1日の喫煙本数)×45(喫煙期間:年)=900(本数×年の積)を「喫煙指数」と言います。喫煙指数が800をこえると、いつでも肺癌になって不思議ではないです。環境がよくても、喫煙すると、肺は黒いです。この黒くなった肺を顕微鏡で視ると、細胞の中などに炭粉が沈着しています。以前(平成29年・2017年11月9日)、炭粉とアスベストの沈着した肺をアップしたことがあります(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/795)。

写真右を見て下さい。釈尊のように視れば(正見)、結論は明らかですね。国が許可をして、財務省が管轄する特殊会社(JT)が売っているものとはいえ、喫煙をやめたいですね。しかし、禁煙はなかなか難しい(禁酒より難しい)です。まず、マナーを守ることが大切ですか?

以下は住職の結論です。「タバコを吸わないご先祖様もお墓においでになりますから、タバコはお墓にお供えしない方がよい」と考えています。

さらに、友人の病理医のタバコに関する記事を書きますね。

 

 

正常肺と喫煙者の肺

左:正常肺(少しうっ血=血液の停滞はあります)と右:喫煙者の肺 同じヒトという動物から取り出された同じ臓器(=肺)とは思えません 


2019年3月17日

福性寺では、読経会や施餓鬼会では、お経ばかりでなく西洋音楽=仏讃歌「お誓い(おちかい)」を歌います。この歌の歌詞には、お大師様(=弘法大師)の主張「即身成仏」と「密厳国土」の意味が込められています。もちろん、通夜・葬儀や年回忌法要(=追善供養)では「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」を皆様とご一緒に必ず読みます。本堂の中では、時々、太鼓の伴奏つきです。これは、2500年まえ釈尊(お釈迦様・ブッダ)が入滅されたとき、みなで「釈尊のお言葉」を暗唱した故事にならっています。さらに、ご依頼があると年回忌法要でも「お誓い」を歌います。シンセサイザーの伴奏つきです。「お誓い」については、年間行事の元旦読経会のビデオをご覧下さいhttp://fukushoji-horifune.net/event/

ところで、読経や歌うこと(カラオケ?)は、健康によいという人が多いです。しかし、なかなか「科学的証拠」はありません。最近ではエビデンスがないと言うのでしょうか?それでも、以下が言われています。

1.お経や歌詞を覚えるときは「左脳」、リズムを感じているときは「右脳」が刺激を受けています。このため、脳全体を活性化します。これは説得力のある説明です!

2.読経や歌うことで、呼吸はいつもより深くなり、身体や気持ちがリラックスした状態になります。ストレス解消につながりますね。皆さんの体験から出ていますね。

昭和56年・1981年5月2日 福性寺山門落慶・住職晋山披露パーティー(東京グランドホテル) 堀船3丁目町会の皆様に歌って頂きました(麦の会=婦人会の皆様) 母の友人たちです 本当に有難い皆様でした(福性寺の歴史XXページ)

昭和56年・1981年5月2日 山門落慶・住職晋山披露パーティー(東京グランドホテル) 堀船3丁目の皆様(麦の会=婦人会)です 母の友人たちです 本当に有難い皆様でした(福性寺の歴史第6版85ページ)写真中央右より下でご覧になっているのは鳥居敬譽猊下です 昨日(3月16日)巣鴨真性寺で猊下の33回忌法要が行われました 私も出席致しました

3.腹式呼吸で声を出します。このため、横隔膜がよく動きお腹の中も動き、胃腸を活発にしてくれます。便秘などに効果がありそうです。

4.読経や歌うことは、免疫力をアップさせ、癌の治療に役に立つと言う人がいます。本当でしょうか?

お身体のため!というと、ちょっと不謹慎な感じがします。しかし、ご長命のために、お経を聴き、読経と歌うことも、悪くないですね。

明日から春の彼岸会です。読経会にご参加下さい。3月21日10時開始です。

最近、読経と健康の関係について科学的証拠が注目されています。次回書きます。


2019年3月11日

福性寺の左の区道を真っ直ぐ北に歩きますと、隅田川堤防に突き当たります(60 m)。この道の左には「サニーライフ王子」(老人ホーム)ができました(200室以上、入居者募集中です)。堤防の脇の道(里道)がきれいな散歩道になりました。下流に向かうと「堀船周回路」につながります。しかし、「堀船郷土史を語る会」や町会が陳情しているように、車椅子で「堀船周回路」には行くことができません。再度、陳情したいと考えています。サイドメニューの「おばあさん・おじいさんとも歩きたい」陳情中 http://fukushoji-horifune.net/walking/ をご覧下さい。この地図の上流の河岸の水色破線が歩くことができるようになりました。

墨田川堤防脇の散歩道

隅田川堤防脇の散歩道 遊歩道として里道は利用できます 福性寺寄りの空き地はレンタカー会社の駐車場です 福性寺を裏から見ることができます

写真は堀船周回路(スーパー堤防)から上流を撮りました。正面左の黄色い建物(4階建て)が「サニーライフ王子」です。堤防(灰色)の耐震性の向上の工事が終わりました。堤防の手前の黒い里道は散歩道に最適です。しかし、隅田川堤防のために水面は見えません(見ることができるようにとも陳情していました)。階段により「堀船周回路」にあがると、水面が見えます。隅田川がゆっくりと流れています。釣りを楽しんでいる人がいます。荒川遊園(現在、休園中)を経由して、さらに下流まで散歩ができます。

春です。暖かくなりました。お歩きになったあと、メールで感想を頂けましたら有難いです。お家の中での「ひきこもり」状態は、認知症への近道です。釈尊(お釈迦様・ブッダ)は雨の多い季節以外は、長く一か所にとどまることはありませんでした。つまり、遊行(ゆぎょう)の毎日でした。このためか、2500年まえであっても、80歳までの長命を達成しました。健康長寿のお手本です。散歩のあとの墓参をお考え下さい。ついで参りでも構いません。


2019年3月4日

3月1日から3日まで、私の医学の専門領域の「国際会議」が、京都で開かれました。世界各国から15人の出席者があり、日本からも15人の医学者が集まり討議して結論を出します。私も2題の演者と司会のご指名を受けていました。英語の発音も外国人に4回も来てもらい練習(笑)しました。質問には完璧に回答できなくても、演説内容は外国人に100%理解してもらうことが長年の習慣です。しかし、2月28日から、発熱と声が出なくなり、倦怠感もひどく出かけることができませんでした。実は新年になりましてからご葬儀が多く、特に遠方の葬儀がありました。また、お檀家の少ない寺にもかかわらず、有難いことに年回法要がとても多かったのです。過労だと思います。健康管理ができませんでした。

それでも、平熱近くになった2日に、会議に出かけました。一部を欠席したおわびに、国際会議のメンバーに私の著書(CDR版)を差し上げました。夕食はホテルです。外国人のご接待用のために、舞妓さんと芸妓さんが舞台で、「祇園小唄」を踊りました。なつかしい歌でした。舞妓さんがいうのです。5年目!の修行中と、5年も!と率直に驚きました。

会長のご厚意でディナーがありました 舞妓さんと芸妓さんによる「祇園小唄」の歌と踊りが素晴らしかったです 舞妓さんと芸妓さんはとても美人でしたがカメラの技術が低くて申し訳ありません 左の方はインドから来た医師

会長招宴 会長のご厚意によるディナー 舞妓さんと芸妓さんによる「祇園小唄」の歌と踊りが素晴らしかったです 舞妓さんと芸妓さんはとても美人でした 左下の方(逆光)は私の隣席のインドムンバイから来た医師です

祇園で思い出しました。平家物語の冒頭と、釈尊(お釈迦様・ブッダ)がお元気な時からのお寺=「祇園精舎」です。慈悲心から身寄りの乏しい人々に食物を与えていたコーサラ国の人が、釈尊のお考えに心の底から賛同し=帰依し、釈尊のために寺院(=精舎)を寄進しました。釈尊の教団は、雨季だけは建物内で修行する(安居)ようになっていたからだと思います。これを「祇園精舎」と言いますね。「祇園」はこの寄進者たちの名前の漢訳からきています。現在のインドの「祇園精舎」は公園となっています。日本の「祇園」は花街ですけれど。インドでも日本でも、両方とも行きたいところですか?


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