真言宗豊山派白王山中台院福性寺真言宗豊山派白王山中台院福性寺
  • おばあさん、おじいさんとも歩きたい(陳情中)

最近の投稿

カテゴリ

過去の投稿

2019年8月18日

柏市の斎場(公営)で葬儀を執行してきました。設備は新しい上に、近代的です。式場には、備え付けの白木の祭壇がありました。お葬儀でよく見る祭壇ですね。

お檀家には、火葬場を併設している斎場で葬儀をすることをお勧めしています。今回の喪主様は、私の意見を参考にして頂いたようです。誠に有難うございました。便利であることと、時間と経費を節約することができます。

しかし、今回は立派なお花の祭壇が、備え付けの白木の祭壇の前に飾られていました。葬儀社への支払いが大変だったと思います。

故人は旦那様と会社を経営していました。お戒名は、「常に誠実な仕事ぶりと優れた人格者であり釈尊の教えからみて心身ともにすがすがしく長寿を達成した仏教者」と考えました。昔かたぎの女性ですが、はっきりとお話をなさる方でした。私のとても好きなタイプのシャープな故人でした。

8月盂蘭盆会のご本尊様

8月の盂蘭盆会(うらぼんえ、お盆)のご本尊様 ご本尊様の真上には仏天蓋 左右には曼荼羅(まんだら、ロウソクの後ろです) その上には一対の飛天が見えます 飛天は天衣(はごろも)をまとい2千年近く前のガンダーラ美術でも観ることができます 仏教世界の天人・天使・エンジェル像です しかし 翼はありません ご本尊様の応援団ですね 故石井英四郎様が建立しました

ところで、通夜と葬儀は8月のお盆前の連休でした。お盆前のために、自動車の渋滞にあうことなく問題なく斎場まで到着すると考えていました。

それでも、渋滞がありましても間に合うように、お通夜には午後4時前に出発しました。常磐道の小菅から柏までは、ひどい渋滞でした。お通夜を少し早く始めました。帰寺は8時半でした。

翌日の葬儀は、出棺がありますから、間に合うか本当に心配しながらの運転でした。午前7時半に寺をでました。午後2時半に帰りました。往路は渋滞がひどかったです。往復で3件の交通事故を見ました。到着時刻の予想がつきませんでした。

今回も、ご遺族とお話をする時間が十分にあり、時間はかかりましたが故人の「人となり」を従来以上に知ることができました。

初七日法要は、寺で期日通りに行いました。

8月のお盆中やその前後には、都内から離れたところでは、葬儀を執行することが難しいことがわかりました。


2019年8月3日

前回は東京オリンピック(昭和39年1964年)の柔道無差別級について書きました。

道場(1)http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4009 です。

東京オリンピックの柔道

昭和39年1964年10月23日 私の撮影です 試合後のヘーシンク選手です 冷静に大会役員とお話をしています ガッツポーズや飛び跳ねて喜ぶこともありませんでした

ヘーシンク選手はオリンピックで勝利しても、飛び跳ねたりガッツポーズなどの大げさな様子や大喜びは、決してしませんでした。試合後のコメントでも、神永昭夫選手をとても称えていました。敗者を尊敬する心があふれていました。礼に始まり礼に終わる!でした。

現在でも剣道家は、試合中も試合後も思いやりと礼節のある態度です。勝利後、ガッツポーズをしたために負けとなり話題になったことがありましたね。「剣道家はかっこいいです!クールです!」と考えています。私のような昔(むかしよりも大昔かな!)人間でなくても、今どきの若い皆様でもクールであると考えますよね?!

ヘーシンク選手と神永選手は、勝敗にかかわらず、試合場でも表彰式でも堂々としていました。今どきの「理想的な剣道家」のような礼儀正しさでした。

その後、ヘーシンク選手について書いた記事を探し、何度か読みました。英語雑誌の日本語の翻訳記事の中です。柔道家でもランニングをすることと、禁煙(50年以上前に!)をとても奨めていました。ランニングで心肺をきたえ、禁煙で肺を守り試合の最後まで戦うことができるようにと考えたのでしょう。

ところで、大人になってから(本当です!)、寺院やその本堂を「道場」ということや、釈尊の悟り(成道)の場や仏道修行の場を道場と言うことを知りました。もちろん、剣道などの武道場である「道場」よりも、昔から使われています。サンスクリット語(古代のインドの言葉)の中にも、道場に相当する言葉があります。

最近、気が緩んでいて(私です)なかなかできないのですが、道場・寺院内では「礼に始まり、終始礼を行い、礼に終わりたい」ですね。

 


2019年8月2日

下記のパーマリンク記事に以下のように書きました。「私も小学4年生から中学と柔道選手で大学でも6年間柔道部で...」と書きました。

パーマリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3776

小学生の時は、王子駅近くの柔道の道場(正道館 高橋師範)に通っていました。髙橋先生はとても寝技の強い先生でした。ちょっと前ですが、東京オリンピックの柔道中量級金メダリスト岡野功先生とおあいしました。そのおりのご挨拶に少し付け加えて書きます。

昭和39年1964年10月 私が日本武道館で撮影した神永選手(左)・ヘーシンク選手(右)の試合の模様です 試合後神永選手が堂々と一礼をして握手をしていました

昭和39年1964年10月23日 私が日本武道館で撮影しました 神永選手(左)・ヘーシンク選手(右)の試合です 試合後神永選手が堂々と一礼をしてヘーシンク選手と握手をしていました 武道を素晴らしいと思いました

東京オリンピック(昭和39年1964年)の神永昭夫選手とアントンヘーシンク選手(オランダ)の柔道無差別級の試合を日本武道館で見ました。中学3年生の時です。父母が相談して高価なチケットを買い、私に超一流!の柔道の試合を見せたようです。一人で出かけました。

試合は、「袈裟固め」でヘーシンク選手が金メダリストとなりました。とても悔しかったことを覚えています。ヘーシンク選手は勝った直後に、感動したオランダ人が靴を履いたまま!試合場(道場ですね)にあがろうとするのを冷静に制止していました。

帰宅すると、正々堂々と試合をして銀メダルだから神永選手は立派だと先代住職(父)が言うのです。また、全階級で日本人が勝ってしまっては、外国の人に申し訳ないかな。ヘーシンク選手の勝利で、国際化すると思うとも聞きましたね。大人はそう考えるのか!と思いましたね。

実はヘーシンク選手は、少年のころから日本人師範に柔道家として教育され、日本で長く柔道を学んだことを知っていました。国籍はオランダですが、「日本柔道」の選手といえる人です。多分、ヘーシンク選手にとって、靴を履いたまま試合場の畳の上(道場)にあがろうとする人を制止するのは、当然なことであったと思います。

長くなりましたので、お二人の礼儀正しい様子(礼に始まり礼に終わる)を次回書きます。

 

 

 

 

 


2019年7月8日

地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター井藤英喜理事長が令和元苑5月末に退任されました。

理事長のご退任のあいさつの中で、「我々はあらゆる人を癒すことができるでしょうか?」(私=住職は反省して考えましたね!)「高齢者に対する医療は、総合的な医療であり、最後は人間としていかに慰め癒すことができるかでしょう」とお聴きました。「人間として!」とは、医師に限りませんが、あらゆる場面で私たちの人間性や人格が問われているようで、わが身を顧みましたね。

なお、井藤先生は、高齢者医療に50年以上たずさわってきた方です。福性寺でも3回「健康長寿講演」をお願いしています。

平成31年4月スリランカの小学生からの絵

平成31年2019年4月スリランカの奨学生からの絵 いうまでもなく「初転法輪」が画題です 成道(さとり、35歳)ののち釈尊は苦行時代の仲間5人に法を説いています 四諦八正道を説きました

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の言葉を医学の世界用に翻訳した言葉と思いました。また、現在、広く行われている臓器別に作られた専門医による診療への警鐘とも考えられる言葉で、感銘を覚えました。

現在でも私は「認定病理医」であり、「食道科認定医」です。しかし、専門領域以外は知識が乏しいと自覚しています。

私の専門領域である口と胃を結ぶ臓器である「食道」の病理診断(組織のサンプルを顕微鏡で視て病名を当てる=診断すること)に関しては勉強をして、少しですが自信を持っています。しかし、常に他の医師の意見に耳を傾けるようにしています。

(井藤先生からごあいさつの言葉を本ホームページで紹介することを承諾頂いております)

 


2019年6月25日

5月25日記事  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3547

第73日本食道学会学術集会(6月6‐7日・福岡)において、

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3630)鹿児島市福山町の善福寺住職長倉伯博師による教育講演「生と死の境を越える医療」―臨床僧侶の体験を通して―を聴きました。

今朝の蓮の花

今朝の蓮の花 蓮の花が五つ開花していました 八重の花よりも普通!の蓮の花が美しく見えます これから毎日一つは咲いていると思います 散歩や墓参のおりにご覧下さい 墓参においで下さい

ところで、釈尊(お釈迦様・ブッダ)のお話は、「対機説法」であるとよく言います。相手(の精神・才能など)に応じて、お話をすると言うことですね。しかし、私どもには、なかなかできません。なぜなら、お話のお相手を、普通はよく知りませんから。「あの人のことは、良く知っているのよねー!」といえる人は、何人いますか?私は自信を持って、よく知っていると言える人は、一人もいません。

また、釈尊のように見通す力(三徳の一つ)に欠けていますから、相手に応じて(=相手の立場に立って)お話をすることは、なかなか難しいですね。

ご高齢の方とどのような会話をすることができるのでしょうか?私にできることは、とりあえず、老人ホームにおいでになる方やお檀家のもとに出かけて、「決まりきった短いお見舞いの言葉」を述べ、お話を静かに聞くことでしょうか?傾聴ですね。高齢の皆様とは、ご本人が誇りに思っていることを話題にしています。昔からの友人として出かけています。もちろん、普段着=洋服で出かけています。

ご病気に悩む方、ご病状によっては、お見舞いを躊躇することが多いです。最近は、僧侶が病院に出かけ、患者と共感したいと考えている方が増えているようです。「ビハーラ僧」ですね。また、「臨床宗教師」と呼ばれる方々です。しかし、私はなかなか病院に足がむきません。

お見舞いに関する過去記事は、「最新ニュース/講演会情報」カテゴリの中の「お見舞い」をご覧頂けましたら有難いです。以下のような記事があります。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2446


2019年6月18日

写真は昨日と同じ蓮の花の二日目の姿です。今日の早朝、日が当たる前に撮影しました。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の母・マーヤー夫人は、ルンビニー園で釈尊を出産しました。生れ故郷(釈迦族の国の隣国)に帰る途中でした。釈尊は産まれた後、七つの蓮の花の上(近く)を歩まれましたね(7歩)。以下のリンクをご覧下さい。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1133

全く関係のないお話で申し訳ありませんが、カレーライスは二日目が少しですが美味しいと言う人がいます。今日の蓮の花は、昨日よりも、レベルの違う美しさではありませんか?

福性寺のホームページの「最新ニュース/講演会情報」(住職のブログを兼ねています)のカテゴリー分類の「釈尊の物語」を選択して、釈尊にかかわるお話をさらにお読み頂けましたら、有難いです。

昨日の蓮の花 完全に開きました 明日・明後日には散ります

昨日の蓮の花 完全に開きました 明日・明後日には散ります 次の花芽(ツボミ)が開花中の花の下に見えます


2019年4月19日

客殿前のツツジです 4月23日(火曜日)の施餓鬼会までは美しいままでいてほしいです

客殿前のツツジです 4月23日(火曜日)の施餓鬼会までは美しいままでいてほしいです 赤いツツジはそろそろ満開です 施餓鬼絵にご参加下さい

ご本堂とお仏壇の朝の読経が終わりますと、最初にEメールのチェックをします。

コンピューターやスマートフォンを使っていると、検索時など本当に目的にすぐに達することができますね!希望のホームページ、知りたい知識、使いたいソフト・ファイル!本当に簡単に行きつきます。直道!でしょうか。しかし、事実ではなくフェイクな物(にせもの)もありますけれど(匿名の投稿に多いですか?)。印刷体(本)の英和辞典や和英辞典を、全く使わなくなりました。しかし、旧世代・昔人間(笑)のためか、モニター上で読むよりも、紙に印刷後のほうが、断然、内容が頭に入ります。なぜでしょうか?ご存知の方は教えて下さい。英語の原著論文をPDFで頂くことがあります。紙の原料となる森の木々に、おわびをしつつ、また感謝しつつ、よく印刷しています。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)と同様な悟り・仏道の到達点、成仏・彼岸に達するのに最も近い道を直道と言いますね。仏道、涅槃(ねはん)への直接の道を直道と言います。直路とも言いますか?高名な仏教学者のお名前でも知られた言葉です。

今朝、コンピューターを立ち上げる時、仏教用語である直道を思い出しました。また、直道の反対語はなんでしょうか?こちら(寄り道)の専門家(私です)としては、たくさん考えられますね。


2019年4月15日

サンガラタナ師

サンガラタナ師

スリランカのミヒンタレーからサンガラタナ師が来日します。4月21日(日曜日)午後3時ごろ(時間は正確ではありません)、福性寺に到着します。言うまでもなく、仏教徒海外奨学基金のスリランカにおける受け入れ先です。前年度(平成30年度)の奨学基金を当日お渡しする予定です。なお、前回の総会で、サンガラタナ師の飛行機料金(8万円程度)を奨学基金から差し上げることを決定しています。サンガラタナ師に献金をご希望の皆様は、福性寺にお届け下さい。ご面会ご希望の皆様は福性寺まで、電話などでご連絡下さい。簡単な夕食会を行う予定です。場所は、未定です(総会会場のベルモントIIは休みでした)。しかし、王子駅近辺を予定しています。カテゴリー分類にある「仏教徒海外奨学基金」をクリックして基金に関する他の記事もご覧下さい。(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2902)など。

ミヒンタレーに関しては、下記をご覧下さい。

サンガラタナ師からの絵ハガキ 仏教徒海外奨学基金


2019年4月7日

今日は「福性寺の花祭り」です。花御堂の飾りつけが完成しました。散歩がてら、花祭り(釈尊降誕会・降誕会)に、あしをお運び下さい。誕生仏、ご本尊様にご参拝下さい。福性寺右の白山堀公園・堀船周回路の隅田川河畔のスーパー堤防上の桜はまだ満開で美しいです。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の誕生と同時に、天から香油(アロマオイル??)が降り注いだとの伝説から、誕生仏様に甘茶を注ぎ、釈尊の生誕を祝います。その後、皆様のご希望や実現してほしいことをご本尊様に祈願下さい。

福性寺の花御堂は、昭和25年・1950年に、ご長男様を前年になくされましたお母様が奉納したものです。敗戦後の物のない時代で、仏具職人さんではなく、大工さんが造った花御堂と聞いています。すでに70年近く使っています。これからも大切に使っていくつもりです。お母様も、早逝されたご長男の妹様も、ご長命(平均寿命を大きくこえて)を達成して亡くなりました。なつかしい方々です。以下に花祭りの過去記事をあげます。

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2655)降誕会、成道会、涅槃会を同時に行うウエサカ祭(ウェーサーカ祭)もあります。

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1145)

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1133)

平成29年・2017年の花祭りは下記の記事です。

本日は花祭り お供物配布

花御堂

平成31年 花御堂と誕生仏様 70年近く前に建立された花御堂 まだまだしっかりしています 揺るぎもありません 石井家の奉納です

今朝の福性寺本堂玄関です

平成31年 今朝8時30分の福性寺本堂玄関です ご参拝下さい 右からアクアクララ(お水) 紙コップ ヤカンの甘茶(漢方薬の甘草)お供物(都電もなか・甘茶ティーバッグ) 花御堂です その中央に誕生仏様です 玄関と本堂内部=外陣(畳敷き)を隔てるのは白と透明(反射率5%)なプラスチックと無反射ガラス(反射率1%以下)です 容易にご本尊様のお姿を見ることができます


2019年4月4日

境内のツツジはまだツボミです

境内(客殿前)のツツジはまだツボミです

お檀家・ご信徒の皆様に、花祭り(釈尊誕生会・降誕会、福性寺では毎年4月の第1日曜日、今年は4月7日)と、施餓鬼会(4月23日)のご案内(2回目)をメール便で、お送り致しました。同封物は、カバーレター、本ホームページ2017年1月21日の記事「大正・昭和の本堂」の印刷体などです。言うまでもなく、釈尊(お釈迦様・ブッダ)のお誕生日は、4月8日です。しかし、福性寺では4月の第1日曜日に、花祭り(釈尊降誕会・誕生会)を行っています。お子様方のすこやかなご成長をお祈り下さい。どなた様も参拝できます。本堂玄関の開門時間は午前9時から午後3時半までです

福性寺右・白山堀公園にある堀船周回路の工事が終わりました。スーパー堤防上の桜もまだ美しいです。花祭りのついでに、堀船周回路の桜を観ることができると思います。

しかし、去年(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1145)と異なり、今年はツツジがまだ咲いていません。例年通りお供物をご用意致します。都電もなかと甘茶ティーバッグ(各1個)をお持ち帰り下さい。

なお、おさい銭はスリランカ・インド・亡命チベット人の子供・学僧への奨学金となります。4月21日(日曜日)午後にスリランカのサンガラタナ師がご来寺します。サンガラタナ師に献金ご希望の皆様はご来寺下さい。

2017年1月21日の記事「大正・昭和の本堂」

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/378)

 


カテゴリ
過去の投稿

ぜひ、福性寺のホームページをお気に入りに追加下さい。
最新情報を更新しておりますので、ご覧下さい。