真言宗豊山派白王山中台院福性寺真言宗豊山派白王山中台院福性寺
  • おばあさん、おじいさんとも歩きたい(陳情中)

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2019年6月18日

写真は昨日と同じ蓮の花の二日目の姿です。今日の早朝、日が当たる前に撮影しました。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の母・マーヤー夫人は、ルンビニー園で釈尊を出産しました。生れ故郷(釈迦族の国の隣国)に帰る途中でした。釈尊は産まれた後、七つの蓮の花の上(近く)を歩まれましたね(7歩)。以下のリンクをご覧下さい。

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1133

全く関係のないお話で申し訳ありませんが、カレーライスは二日目が少しですが美味しいと言う人がいます。今日の蓮の花は、昨日よりも、レベルの違う美しさではありませんか?

福性寺のホームページの「最新ニュース/講演会情報」(住職のブログを兼ねています)のカテゴリー分類の「釈尊の物語」を選択して、釈尊にかかわるお話をさらにお読み頂けましたら、有難いです。

昨日の蓮の花 完全に開きました 明日・明後日には散ります

昨日の蓮の花 完全に開きました 明日・明後日には散ります 次の花芽(ツボミ)が開花中の花の下に見えます


2019年4月19日

客殿前のツツジです 4月23日(火曜日)の施餓鬼会までは美しいままでいてほしいです

客殿前のツツジです 4月23日(火曜日)の施餓鬼会までは美しいままでいてほしいです 赤いツツジはそろそろ満開です 施餓鬼絵にご参加下さい

ご本堂とお仏壇の朝の読経が終わりますと、最初にEメールのチェックをします。

コンピューターやスマートフォンを使っていると、検索時など本当に目的にすぐに達することができますね!希望のホームページ、知りたい知識、使いたいソフト・ファイル!本当に簡単に行きつきます。直道!でしょうか。しかし、事実ではなくフェイクな物(にせもの)もありますけれど(匿名の投稿に多いですか?)。印刷体(本)の英和辞典や和英辞典を、全く使わなくなりました。しかし、旧世代・昔人間(笑)のためか、モニター上で読むよりも、紙に印刷後のほうが、断然、内容が頭に入ります。なぜでしょうか?ご存知の方は教えて下さい。英語の原著論文をPDFで頂くことがあります。紙の原料となる森の木々に、おわびをしつつ、また感謝しつつ、よく印刷しています。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)と同様な悟り・仏道の到達点、成仏・彼岸に達するのに最も近い道を直道と言いますね。仏道、涅槃(ねはん)への直接の道を直道と言います。直路とも言いますか?高名な仏教学者のお名前でも知られた言葉です。

今朝、コンピューターを立ち上げる時、仏教用語である直道を思い出しました。また、直道の反対語はなんでしょうか?こちら(寄り道)の専門家(私です)としては、たくさん考えられますね。


2019年4月15日

サンガラタナ師

サンガラタナ師

スリランカのミヒンタレーからサンガラタナ師が来日します。4月21日(日曜日)午後3時ごろ(時間は正確ではありません)、福性寺に到着します。言うまでもなく、仏教徒海外奨学基金のスリランカにおける受け入れ先です。前年度(平成30年度)の奨学基金を当日お渡しする予定です。なお、前回の総会で、サンガラタナ師の飛行機料金(8万円程度)を奨学基金から差し上げることを決定しています。サンガラタナ師に献金をご希望の皆様は、福性寺にお届け下さい。ご面会ご希望の皆様は福性寺まで、電話などでご連絡下さい。簡単な夕食会を行う予定です。場所は、未定です(総会会場のベルモントIIは休みでした)。しかし、王子駅近辺を予定しています。カテゴリー分類にある「仏教徒海外奨学基金」をクリックして基金に関する他の記事もご覧下さい。(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2902)など。

ミヒンタレーに関しては、下記をご覧下さい。

サンガラタナ師からの絵ハガキ 仏教徒海外奨学基金


2019年4月7日

今日は「福性寺の花祭り」です。花御堂の飾りつけが完成しました。散歩がてら、花祭り(釈尊降誕会・降誕会)に、あしをお運び下さい。誕生仏、ご本尊様にご参拝下さい。福性寺右の白山堀公園・堀船周回路の隅田川河畔のスーパー堤防上の桜はまだ満開で美しいです。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の誕生と同時に、天から香油(アロマオイル??)が降り注いだとの伝説から、誕生仏様に甘茶を注ぎ、釈尊の生誕を祝います。その後、皆様のご希望や実現してほしいことをご本尊様に祈願下さい。

福性寺の花御堂は、昭和25年・1950年に、ご長男様を前年になくされましたお母様が奉納したものです。敗戦後の物のない時代で、仏具職人さんではなく、大工さんが造った花御堂と聞いています。すでに70年近く使っています。これからも大切に使っていくつもりです。お母様も、早逝されたご長男の妹様も、ご長命(平均寿命を大きくこえて)を達成して亡くなりました。なつかしい方々です。以下に花祭りの過去記事をあげます。

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/2655)降誕会、成道会、涅槃会を同時に行うウエサカ祭(ウェーサーカ祭)もあります。

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1145)

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1133)

平成29年・2017年の花祭りは下記の記事です。

本日は花祭り お供物配布

花御堂

平成31年 花御堂と誕生仏様 70年近く前に建立された花御堂 まだまだしっかりしています 揺るぎもありません 石井家の奉納です

今朝の福性寺本堂玄関です

平成31年 今朝8時30分の福性寺本堂玄関です ご参拝下さい 右からアクアクララ(お水) 紙コップ ヤカンの甘茶(漢方薬の甘草)お供物(都電もなか・甘茶ティーバッグ) 花御堂です その中央に誕生仏様です 玄関と本堂内部=外陣(畳敷き)を隔てるのは白と透明(反射率5%)なプラスチックと無反射ガラス(反射率1%以下)です 容易にご本尊様のお姿を見ることができます


2019年4月4日

境内のツツジはまだツボミです

境内(客殿前)のツツジはまだツボミです

お檀家・ご信徒の皆様に、花祭り(釈尊誕生会・降誕会、福性寺では毎年4月の第1日曜日、今年は4月7日)と、施餓鬼会(4月23日)のご案内(2回目)をメール便で、お送り致しました。同封物は、カバーレター、本ホームページ2017年1月21日の記事「大正・昭和の本堂」の印刷体などです。言うまでもなく、釈尊(お釈迦様・ブッダ)のお誕生日は、4月8日です。しかし、福性寺では4月の第1日曜日に、花祭り(釈尊降誕会・誕生会)を行っています。お子様方のすこやかなご成長をお祈り下さい。どなた様も参拝できます。本堂玄関の開門時間は午前9時から午後3時半までです

福性寺右・白山堀公園にある堀船周回路の工事が終わりました。スーパー堤防上の桜もまだ美しいです。花祭りのついでに、堀船周回路の桜を観ることができると思います。

しかし、去年(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1145)と異なり、今年はツツジがまだ咲いていません。例年通りお供物をご用意致します。都電もなかと甘茶ティーバッグ(各1個)をお持ち帰り下さい。

なお、おさい銭はスリランカ・インド・亡命チベット人の子供・学僧への奨学金となります。4月21日(日曜日)午後にスリランカのサンガラタナ師がご来寺します。サンガラタナ師に献金ご希望の皆様はご来寺下さい。

2017年1月21日の記事「大正・昭和の本堂」

(http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/378)

 


2019年3月21日

仏讃歌「お誓い」のあと

読経会 仏讃歌「お誓い」のあとです この後総代様のご挨拶とお焼香です

午前中の読経会には、多数のご参加を有難うございました。「お寺と関係がないんですけどいいですか?」(男性)、「前から参加したかったのですがお友達と一緒にお邪魔します」(女性)など、初めてご参加頂いた方が、たくさんおいででした。

福性寺はお檀家の少ない寺です(自慢になりませんけど!)が、もっと大きな本堂がほしいと思いました。

今回は若い方の参加が多く、参加を促して頂きましたお父様・お母様に心から感謝致します。また、92歳の女性がヘルパーさんと一緒に老人ホームから参加頂きました。有難うございました。ご参加のすべての皆様に心から感謝致します。

今回の法要では、釈尊(お釈迦様・ブッダ)によるサールナートでの「初転法輪」(=釈尊が初めて「四諦八正道」を説明)について、特に説明しました。また、正見(釈尊のように見る)についても触れました。

朝の彼岸のお中日

朝のお彼岸のお中日 手前は駐車場の「ゆすらうめ」 左上は江戸彼岸桜 墓地のピンクはアンズです

さらに、お大師様(弘法大師)の主張「即身成仏」と「密厳国土」を、仏讃歌「お誓い」の歌詞を通じて説明しました。「お誓い」はこちらで聴くことができます http://fukushoji-horifune.net/event/#gantan-movhttp://。

朝は肌寒かったのですが、午後からは風が強くなり暑くなりました。

いつもどおり、午後4時には閉門予定です。お彼岸中、開いている本堂の玄関の扉も、午後4時に閉じます。


2019年3月14日

仏教徒海外奨学基金は平成3年・1991年に設立されました。詳しくは左サイドメニューをご覧下さい http://fukushoji-horifune.net/fund/ 。経済的に就学の機会の乏しい南アジアの子供のための基金です。8寺院と有志により運営されています。平成30年度(平成30年4月から31年3月まで)の基金の総会が、3月12日に「王子ベルモントII」で開かれました。

釈尊(お釈迦様・ブッダ)には、王子(幼少期)のころ、国を代表する優れた教師がいました。しかし、学問や武術を教授する人々が驚くほどの熱心さで学び、全てを理解し、次第に一人で学ぶようになりました。釈尊は、35歳で悟りを得ました。しかし、子供のころからの身体の鍛錬と努力、勉学と知識の集積は、大変なものであったことがわかります。福性寺住職は、釈尊の幼少のころからの努力のお話しをすることが多いです。奨学基金はお檀家様・ご信徒様のご希望、つまり釈尊と同様に、釈尊の国とその近隣の国の子供に熱心に学んでほしいという願いを、私ども寺院住職や有志は代理で実行させて頂いています。

総会風景 僧侶5人と会計担当1人が出席し配布金額を決定しました

総会風景 僧侶4人と有志会員1人会計担当1人が出席し配布金額を決定しました

当日は、会計を報告したあと、配布金額について議論しました。スリランカ・サンガラタナ師は、今年4月末に来日します。このため、増額した奨学金など40万円を手渡す予定です。また、チベットからの亡命修行僧・学僧には、42万円を振込みで送金の予定です。白舘戒雲師(ツルテムケサム師)を通じて配布します。

ベンガル仏教協会には、配布する方法がなくなりました。配布を見合わせます。インドにおける別の配布の受け入れ先を探すことになりました。情報を頂けましたら有難いです。


2019年3月4日

3月1日から3日まで、私の医学の専門領域の「国際会議」が、京都で開かれました。世界各国から15人の出席者があり、日本からも15人の医学者が集まり討議して結論を出します。私も2題の演者と司会のご指名を受けていました。英語の発音も外国人に4回も来てもらい練習(笑)しました。質問には完璧に回答できなくても、演説内容は外国人に100%理解してもらうことが長年の習慣です。しかし、2月28日から、発熱と声が出なくなり、倦怠感もひどく出かけることができませんでした。実は新年になりましてからご葬儀が多く、特に遠方の葬儀がありました。また、お檀家の少ない寺にもかかわらず、有難いことに年回法要がとても多かったのです。過労だと思います。健康管理ができませんでした。

それでも、平熱近くになった2日に、会議に出かけました。一部を欠席したおわびに、国際会議のメンバーに私の著書(CDR版)を差し上げました。夕食はホテルです。外国人のご接待用のために、舞妓さんと芸妓さんが舞台で、「祇園小唄」を踊りました。なつかしい歌でした。舞妓さんがいうのです。5年目!の修行中と、5年も!と率直に驚きました。

会長のご厚意でディナーがありました 舞妓さんと芸妓さんによる「祇園小唄」の歌と踊りが素晴らしかったです 舞妓さんと芸妓さんはとても美人でしたがカメラの技術が低くて申し訳ありません 左の方はインドから来た医師

会長招宴 会長のご厚意によるディナー 舞妓さんと芸妓さんによる「祇園小唄」の歌と踊りが素晴らしかったです 舞妓さんと芸妓さんはとても美人でした 左下の方(逆光)は私の隣席のインドムンバイから来た医師です

祇園で思い出しました。平家物語の冒頭と、釈尊(お釈迦様・ブッダ)がお元気な時からのお寺=「祇園精舎」です。慈悲心から身寄りの乏しい人々に食物を与えていたコーサラ国の人が、釈尊のお考えに心の底から賛同し=帰依し、釈尊のために寺院(=精舎)を寄進しました。釈尊の教団は、雨季だけは建物内で修行する(安居)ようになっていたからだと思います。これを「祇園精舎」と言いますね。「祇園」はこの寄進者たちの名前の漢訳からきています。現在のインドの「祇園精舎」は公園となっています。日本の「祇園」は花街ですけれど。インドでも日本でも、両方とも行きたいところですか?


2019年2月15日

釈尊(お釈迦様・ブッダ)のご遺骨は日本にもあります。ご存知でしたか?実は、私は不明にも!大学を卒業したあとに知りました。明治31年1898年に、お骨壺に入った釈尊のご遺骨がイギリス人により発見されました。お骨壺には、釈尊のご遺骨であると書かれていました。インドで発掘された釈尊のご遺骨は、タイ国の王室などに寄贈されました。さらに、明治33年にタイ国王から日本に贈られました。

日泰寺のご本尊様 タイ国王からの頂きました

日泰寺のご本尊様 タイ国王から頂きました

ご遺骨を安置する日泰寺は、名古屋駅から自動車で30分ちょっとです。しかし、名古屋駅前に駐車しているタクシーの運転手さんは、日泰寺を知らないことがありました。日泰寺の境内はとても広く、五重塔もあります。すべての建物はとても日本的です。しかし、本堂に安置されたご本尊様は、タイ国の国宝であり、素晴らしいお姿をしています。また、タイの国王の銅像も境内にあります。

日泰寺のご本堂と、仏舎利の奉安塔は少し離れています(歩いて約5分)。皆様もご参拝下さい。


2019年2月14日

明日(2月15日)の涅槃会にちなんで記事を書きます。平成4年(1992年)と平成5年に家族旅行で2回、中華人民共和国に出かけました。そのおり、北京市郊外の臥仏寺のお土産品店で買い求めた涅槃像が下の写真です。小さく見えますが50㎝近くあります。福性寺に将来して、27年でしょうか。表面の光沢のある部分がはがれてきました。焼き物なのか彫刻なのかわかりません。(笑) 多分、彫刻に光沢を出すためにニスを塗ったものかなと思います。

臥仏寺の臥仏様は、銅製で5メートル以上でした。北京市内や近くの多くの寺は、文化大革命の時に紅衛兵により徹底的に破壊されていました。しかし、観光客を集めるためか、修復が進んでいました。寺は公園となり僧侶はいないところが多かったです。それでも、参拝の中国人はいました。なお、福性寺の本堂前の涅槃像(2月11日記事)は、台座の長さは213㎝です。涅槃像は、肉髻(にっけい・にくけい、頭のでっぱり)から足の指先まで193㎝です。

臥仏寺のお土産品の涅槃像

臥仏寺のお土産品の涅槃像 同行の親友・王先生(病理医)が値切ろうとしましたがそのままの価格で買いました 王先生については別に記事にします

話はそれますが、多くの寺の参拝のほかに、子供をつれて、マルコポーロブリッジで名高い盧溝橋(もちろん、日中戦争の発端の現場です)や、北京原人が発掘された周口店(石灰山でした)に出かけました。

また、共産党幹部の住むとても高い塀で囲まれた「中南海」の前も通りました。西安市のお寺に関しては、別記事を書きますね。ガイドのアドバイスにより盧溝橋近くの「中国人民抗日戦争記念館」は駐車場だけ一周して、記念館の中はパスしました。とても、大きな建物です。中国人の子供の見学場所となっていました。

 


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