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  • おばあさん、おじいさんとも歩きたい(陳情中)

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2019年8月3日

前回は東京オリンピック(昭和39年1964年)の柔道無差別級について書きました。

道場(1)http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4009 です。

東京オリンピックの柔道

昭和39年1964年10月23日 私の撮影です 試合後のヘーシンク選手です 冷静に大会役員とお話をしています ガッツポーズや飛び跳ねて喜ぶこともありませんでした

ヘーシンク選手はオリンピックで勝利しても、飛び跳ねたりガッツポーズなどの大げさな様子や大喜びは、決してしませんでした。試合後のコメントでも、神永昭夫選手をとても称えていました。敗者を尊敬する心があふれていました。礼に始まり礼に終わる!でした。

現在でも剣道家は、試合中も試合後も思いやりと礼節のある態度です。勝利後、ガッツポーズをしたために負けとなり話題になったことがありましたね。「剣道家はかっこいいです!クールです!」と考えています。私のような昔(むかしよりも大昔かな!)人間でなくても、今どきの若い皆様でもクールであると考えますよね?!

ヘーシンク選手と神永選手は、勝敗にかかわらず、試合場でも表彰式でも堂々としていました。今どきの「理想的な剣道家」のような礼儀正しさでした。

その後、ヘーシンク選手について書いた記事を探し、何度か読みました。英語雑誌の日本語の翻訳記事の中です。柔道家でもランニングをすることと、禁煙(50年以上前に!)をとても奨めていました。ランニングで心肺をきたえ、禁煙で肺を守り試合の最後まで戦うことができるようにと考えたのでしょう。

ところで、大人になってから(本当です!)、寺院やその本堂を「道場」ということや、釈尊の悟り(成道)の場や仏道修行の場を道場と言うことを知りました。もちろん、剣道などの武道場である「道場」よりも、昔から使われています。サンスクリット語(古代のインドの言葉)の中にも、道場に相当する言葉があります。

最近、気が緩んでいて(私です)なかなかできないのですが、道場・寺院内では「礼に始まり、終始礼を行い、礼に終わりたい」ですね。

 


2019年8月2日

下記のパーマリンク記事に以下のように書きました。「私も小学4年生から中学と柔道選手で大学でも6年間柔道部で...」と書きました。

パーマリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3776

小学生の時は、王子駅近くの柔道の道場(正道館 高橋師範)に通っていました。髙橋先生はとても寝技の強い先生でした。ちょっと前ですが、東京オリンピックの柔道中量級金メダリスト岡野功先生とおあいしました。そのおりのご挨拶に少し付け加えて書きます。

昭和39年1964年10月 私が日本武道館で撮影した神永選手(左)・ヘーシンク選手(右)の試合の模様です 試合後神永選手が堂々と一礼をして握手をしていました

昭和39年1964年10月23日 私が日本武道館で撮影しました 神永選手(左)・ヘーシンク選手(右)の試合です 試合後神永選手が堂々と一礼をしてヘーシンク選手と握手をしていました 武道を素晴らしいと思いました

東京オリンピック(昭和39年1964年)の神永昭夫選手とアントンヘーシンク選手(オランダ)の柔道無差別級の試合を日本武道館で見ました。中学3年生の時です。父母が相談して高価なチケットを買い、私に超一流!の柔道の試合を見せたようです。一人で出かけました。

試合は、「袈裟固め」でヘーシンク選手が金メダリストとなりました。とても悔しかったことを覚えています。ヘーシンク選手は勝った直後に、感動したオランダ人が靴を履いたまま!試合場(道場ですね)にあがろうとするのを冷静に制止していました。

帰宅すると、正々堂々と試合をして銀メダルだから神永選手は立派だと先代住職(父)が言うのです。また、全階級で日本人が勝ってしまっては、外国の人に申し訳ないかな。ヘーシンク選手の勝利で、国際化すると思うとも聞きましたね。大人はそう考えるのか!と思いましたね。

実はヘーシンク選手は、少年のころから日本人師範に柔道家として教育され、日本で長く柔道を学んだことを知っていました。国籍はオランダですが、「日本柔道」の選手といえる人です。多分、ヘーシンク選手にとって、靴を履いたまま試合場の畳の上(道場)にあがろうとする人を制止するのは、当然なことであったと思います。

長くなりましたので、お二人の礼儀正しい様子(礼に始まり礼に終わる)を次回書きます。

 

 

 

 

 


2019年7月28日

贈呈式1

2019年贈呈式(2018年分)20人に現金100人に学用品とのことでした

2019贈呈式(2018年分)

2019年贈呈式(2018年分)贈呈式に出席するようにお願いされています

スリランカでの「仏教徒海外奨学基金」の贈呈式に関する別の写真を見たい!とのご希望をありがとうございました。サンガラタナ師から送られてきた写真は、27枚です。このうち、26枚はサンガラタナ師が奨学金などを生徒に贈呈している写真でした。6枚を追加掲載します。

スリランカでは、ほとんどの子供が小学校に通っています。このため、識字率はほぼ100%に近いと聞きました。

ご要望のメールをありがとうございました。


2019年7月27日

スリランカのサンガラタナ師から「仏教徒海外奨学基金」を配布したとの礼状が到着しました。英文の手紙(日付は2019年7月10日)とメール(7月26日)が、ほぼ同じ文章でした。手紙とメールの英文の掲載は省略します。

ウエサカ祭の7月16日の贈呈式 サンガラタナ師から奨学生へ 奨学生は白い制服を着ています

6月16日の奨学金贈呈式 サンガラタナ師から奨学生へ 奨学生は白い制服を着ています サンガラタナ師の左の大人たちも白い服です 多分白が正式の色なのでしょうか?

以下に英文手紙の要旨を日本語に翻訳しました。カッコ内の緑色文字は私が追加。

皆様  皆様の健勝をお祈りしています。「仏教徒海外奨学基金」を満月の6月16日(Poson Poya Day)に配布しました(この日はスリランカに仏教が伝来した日・前3世紀、祭日です)。20人の輝かしい成績優秀者に1万円、100人近くの子供に、学用品、帳面、カバン、制服用の白い布を配布しました。これらに対して、生徒の両親も満ち足りた気持ちとなりました。全ての参加者からのお礼の言葉をお伝えします。

また、健康が許せば、来年も訪日するつもりです。

スリランカの収入の少ない家庭出身の生徒の教育を向上さることができて、奨学基金並びに会員に感謝します。将来も同様にお願い致します。皆様のご発展とご健康を祈念致します。  サンガラタナ師  Ven. B, Sangaratana thero

ポルトガル・オランダ・イギリスの500年!以上の植民地支配とその政策は、今に至るも大きな障害となっています。しかし、奨学基金設立の頃(平成3年・1991年)と比較すると、スリランカでは、平均所得はかなり上がってきています。それでも、貧しい家庭が多いです。出身家庭が貧しくても、勉学に励んでほしいですね。

おあいするたびに、私がサンガラタナ師にお願いしていることは、五戒の中の不殺生戒を守ることができないと考えられている漁民にも、釈尊のお考え:仏教を学ぶことができるようにしてほしいということです。

仏教徒海外奨学基金に関して以下をご覧下さい。http://fukushoji-horifune.net/fund/

「最新ニュース/講演会情報」は住職のブログを兼ねています。カテゴリの「仏教徒海外奨学基金」をクリック頂き過去記事をご覧頂けましたら有難いです。

故人に代わって奨学基金に布施。 文字通りの追善供養  

  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3908

2019年4月に奨学金をお渡ししました 

   http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3203

2018年のスリランカでの授与風景です 

  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1793

一眼を献ずるものは成仏できる。スリランカ人が献眼した数千の角膜は日本人に贈られています。献眼により成仏 

  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1003

サンフランシスコ講和条約会議(昭和26年:1951年)におけるジャヤワルダナ氏 (第2代スリランカ大統領、当時は蔵相)の演説。釈尊(お釈迦様・ブッダ)の言葉を引用「憎悪は憎悪によって、やむことはなく、慈愛によってやむ」 

   http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/991

平成28年度の配布終了。インド、スリランカ、在インドチベット人への奨学金の配布先 

  http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/472


2019年7月23日

墓地の散歩は楽しいです。一日一度は墓地を歩きます。あちこちに、お戒名、お名前(俗名)、お命日が書かれています。なつかしいお名前を見ることができます。もう、住職を40年間務めていますから、当然ですね。

ところで、ヨーロッパのお墓では、故人の生年月日があることが普通です。また、ポートレート(陶器に焼付)もあります。しかし、日本では故人の生まれなどについては、記述がないことが普通です。これは僧侶のお墓(「世代様」のお墓とも言います)でも同じです。江戸時代のお墓は9基あります。この中に、唯一、来歴が書かれた墓石があります。「明範師」のお墓(写真)です。以下の水色文字部分が墓石に書かれた部分です

明範師のお墓

明範師のお墓 台の石に明範師の来歴が書かれています

竿石には、文政四年十月(過去帳には八月)九日 1821年です。お命日ですね。権大僧都法印(僧綱の位) 明範 霊位

台石には、生所 羽州田川郡庄内城下 (山形県鶴岡市) 川上四良右ヱ門倅元 栄七 □□ 寂ス (「□□」は「之ヿ:これこと」でしょうか)四良右ヱ門の七男であったのでしょう。師匠(は)江戸深川 不動院 木食賢明 法印也 

200年ほど前に亡くなった「明範師」の師匠の賢明師は、梶原墳(太田道灌の子孫の墳墓)の如意輪観音様とお大師様の両石塔の建立(文政9年1826年)の願主(仏に願をかけた人)になっています。また、梶原墳(塚)の宝篋印塔の再建時(天保2年・1831年)の開眼導師もしています。「明範師」は師匠よりもかなり早く亡くなっています。

しかし、深川不動院と言う寺の所在は不明です。現在の深川不動堂とは異なるようです。

少し調べてみました。

お墓に書かれた文章からは、「明範師」は、現在の山形県鶴岡市出身であることがわかります。父親は、河(川)上四良右ヱ門で、町大庄屋でした。河上家は代々大きな力を持った庄屋でした。なお、四良右ヱ門は、河上家の代々の通り名(とおりな)で、明治維新以降も続いています。年齢的に考えると、八代目和哀(1824年死亡)の子であろうと思われます。

河上家の菩提寺は、鶴岡市昭和町の洞泉院であると「川上記 上」(下記)に書かれています。なぜ、福性寺の住職になったのかなど不明です。鶴岡市に出かけたいですね。

来年は200回忌!となりますね。今年の「明範師」のお命日には、墓前で読経をするつもりです。

以上の記事は以下を参考にしました。

〇「近世後期庄内藩預地の郷宿」本間勝喜著 東北公益文科大学総合研究論集(通号2)2001 pp.59~89 【Z71-F47】の62ページhttp://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000235139

〇「鶴岡市史資料篇 荘内資料集9 鶴ヶ岡大庄屋 川上記」 上巻43~50ページ(斎藤正一著)。この資料のPDFを、「鶴岡市郷土資料館」今野章様から頂戴し、また内容についてもご教示頂きました。記して心から感謝を致します。なお「川上記上・下巻」を市役所から購入しました。

以上は「福性寺の歴史」の次の版=第7版に掲載予定です。

この文章を書いて思い出したことがありました。次回以降に書きます。


2019年7月18日

平成31年2019年4月29日(リンクをご覧下さい)にご紹介した形の通夜と葬儀を7月に執行しました。

パーマネントリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3302

火葬までご遺体はお棺に安置し、ご自宅でした。ご自宅で午後6時から通夜の読経をしました。お通夜はお棺だけで飾りはありません。葬儀社の社員はいません。翌日は、ご自宅から出棺し、町屋斎場でご遺族と住職は合流しました。火葬炉前で読経し(2時)、お骨あげまでご遺族と住職は一緒でした。お骨あげ読経の後、お骨とご遺族と住職は福性寺の本堂で葬儀の読経を行いました。その後、お檀家の皆様は夕ご飯場所に出かけました。

お戒名は、「青々とした海に関わる技術者として新たな分野のお仕事に就き、世界を見てまわり、ご自分の人生を貫いたご高齢の仏教信者(居士様)」です。

平成31年2019年春 スリランカの奨学生から送られてきた絵 この絵の場所がわかりますか? 鹿が描かれていますね

平成31年2019年春 スリランカの奨学生(小学生)から送られてきた絵 この絵の場所がわかりますか? 鹿が描かれていますね

法要の最後にお布施を頂戴しました。お布施に加えて、故人のお名前で「仏教徒海外奨学基金」に10万円もの大金のご寄付を頂きました。この基金は、海外送金費用など途中の経費などでお金が無くなってしまうことが一切なく、全額がインドやスリランカの子供、在インド・チベット人学僧の手にわたります。また、奨学生の全員から、領収書が到着します。今まで、何度も「仏教徒海外奨学基金」のために貯金していたお金をお檀家から頂きました。

今回は、故人のお名前で「奨学基金」に献金する優しいお子様をお育てになったご両親を心から尊敬する気持ちを持ちました。まさに、追善供養ですね。国境なき医師団などにも献金をしているそうです。


2019年7月15日

お寺の中のお盆飾りです

お寺の中のお盆飾りです 家族がつくりました 今日(15日)までの飾りです お盆飾りの前で瞑目すると両親と楽しい時間を過ごしたことを思い出しますね

福性寺のある東京都北区などでは、今日15日が送り火をたく日です。ご先祖様を寺まで送りにおいでになる皆様は、送り火をたく必要ありません。明日、16日にたくのではないのですか?とのご質問を頂きます。もちろん、それでも構いません。しかし、西新井大師様から頂いたカレンダーにも、盂蘭盆会は13日から15日と書かれています。昔のままですね。

昨日はお檀家のご家庭でお経を読む「棚経(たなぎょう)」に出かけてきました。その中に、老人ホームへの訪問もありました。漢文や真言(古代のインドの言葉で書かれた簡潔な文章)など、口語の説明を加えながら読みます。

棚経では、お布施を頂いて帰ります。お布施やお車代は、住職やその家族の生活費・給与に消費されることは一切ありません。全額がご先祖様のために福性寺(宗教法人)に残ります。つまり、法人の財産となります。この点は、お檀家の代表である総代様会でご報告済みです。

平成29年2018年パーマリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1508

平成28年2017年パーマリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/567

平成27年2016年パーマリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/175

今回のお盆中には、蓮の花は咲いていませんでした。今のところ、半数の鉢で花が咲きません。また、花が少ないです。どうしたのでしょうか?


2019年7月12日

本郷の法類寺院で法話をしました(7月8日)。タイトルは「老苦と認知症」です。認知症は単なる病気で「病苦」ですね。四つの解決の難しい事柄(四苦)のうち、二つをお話ししたことになります。子供の認知症はありませんので、「老苦」と「病苦」の関係は密接です。しかし、法類寺のお話では、何度も皆様に笑って頂くことがあって、時間がなくなり最後の「成年後見人制度」のお話まで到達できませんでした。ごめんなさい。

福性寺の住職の話は、いつでも抽象的なものはありません。とても具体的で証拠のあることばかりです。認知症には3種類あり、薬も異なります(専門医の診断が必要)。また、認知症患者の問題行動には、必ず理由があります。患者さんの行動をただ抑制するのではなくて、患者さんのお話を聞いて下さい。患者さんに、その行動の理由を尋ねてみてください。

マコト造園による樹木の消毒 蚊の出てくる前にぼさんにおいで下さい

盂蘭盆会まえのマコト造園による樹木の消毒 蚊の出てくる前に墓参においで下さい

このお寺のお檀家の皆様に、お持ち帰り頂きたい知識(仏教お土産三つ)として、

1.四つの解決の難しいこと(四苦)とはなにか。

2.声明(ふしのついたお経)を聴くことは、心身の安定によい(科学的データあり)。

3.認知症患者の問題行動には目的があります。認知症患者は何もわからなくなった人では、ありません。

10日から、植木職人さん4人が植木の手入れをしています(12日まで)。

11日に、植木の消毒を行いました。蚊の害のないうちの、早めの墓参をおすすめします。お盆期間(13~15日)は土曜日・日曜日・祭日です。お子様・お孫様方にも蚊の害を恐れずに墓参頂けます。

すでにお檀家・ご信徒の皆様には、お手紙を差し上げています。

パーマネントリンク: http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/3776

本堂玄関には、虫よけスプレーとお水=ウオーターサーバー(アクアクララ)があります。ご利用ください。


2019年7月9日

一昨日(7月7日:日曜日)の「合同新盆供養法要」は雨天でした。それにもかかわらず、去年よりもたくさんのお檀家にお集まり頂き有難かったです。そのおりのビデオをご覧下さい。供物・お土産セットの配布から始まりました。開会挨拶・お檀家への「次第」の説明に続き法要です。奠供=ご本尊様への供物の声明(四智梵語)お檀家と朝暮勤行法則にしたがい、懺悔の文、開経偈、般若心経、光明真言、南無大師遍照金剛、回向の文を読みました。

次に、盂蘭盆会の精霊棚の説明の後、仏讃歌を斉唱しました。お焼香の後、お位牌を返還し解散しました。その後、新盆供養法要用の大型お塔婆を本堂玄関への搬出で終わりました。

毎回の新盆供養法要には、皆様からたくさんの「お布施」を頂きます。お布施は、住職やその家族の生活費・給与に消費されることは一切なく、ご先祖様のために全額が福性寺(宗教法人)に残ります。ご安心下さい。

下段の仏讃歌「おちかい」(1番だけ)の動画「令和元年新盆供養ビデオ」をクリック頂き、法要当日の本堂内の様子をご覧下さい。

令和元年新盆供養法要ビデオ

動画の中のお内陣(ご本尊様近く)に見える大きな「胡蝶蘭」は、新盆供養法要のお施主様一同による奉納です。また、たくさんの背の高いお塔婆(新盆供養法要用)が見えす。

なお、仏讃歌「おちかい」(1番と2番)は、カバーページ左サイドメニューの年間行事「元旦読経会」にあります。

 

 


2019年7月8日

地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター井藤英喜理事長が令和元苑5月末に退任されました。

理事長のご退任のあいさつの中で、「我々はあらゆる人を癒すことができるでしょうか?」(私=住職は反省して考えましたね!)「高齢者に対する医療は、総合的な医療であり、最後は人間としていかに慰め癒すことができるかでしょう」とお聴きました。「人間として!」とは、医師に限りませんが、あらゆる場面で私たちの人間性や人格が問われているようで、わが身を顧みましたね。

なお、井藤先生は、高齢者医療に50年以上たずさわってきた方です。福性寺でも3回「健康長寿講演」をお願いしています。

平成31年4月スリランカの小学生からの絵

平成31年2019年4月スリランカの奨学生からの絵 いうまでもなく「初転法輪」が画題です 成道(さとり、35歳)ののち釈尊は苦行時代の仲間5人に法を説いています 四諦八正道を説きました

釈尊(お釈迦様・ブッダ)の言葉を医学の世界用に翻訳した言葉と思いました。また、現在、広く行われている臓器別に作られた専門医による診療への警鐘とも考えられる言葉で、感銘を覚えました。

現在でも私は「認定病理医」であり、「食道科認定医」です。しかし、専門領域以外は知識が乏しいと自覚しています。

私の専門領域である口と胃を結ぶ臓器である「食道」の病理診断(組織のサンプルを顕微鏡で視て病名を当てる=診断すること)に関しては勉強をして、少しですが自信を持っています。しかし、常に他の医師の意見に耳を傾けるようにしています。

(井藤先生からごあいさつの言葉を本ホームページで紹介することを承諾頂いております)

 


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