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2020年2月27日

昨日の福性寺 安行桜はとおかめ桜はほぼ満開です

今日の福性寺 安行桜とおかめ桜は満開です 白木蓮も咲きだしました これからアンズとゆすら梅が咲きます 新型コロナウイルス感染症が心配ですがお近くのお檀家の皆様(徒歩圏内)はマスクなどの対策をして散歩ついでにおいで下さい

最近、葬儀社の社員は僧侶を「先生」と呼びますね。これは、ちょっと違和感があります。

「住職」(寺院の責任者)という名称は静的で、ちょっと古臭くないですか?また、「寺に住むことだけが仕事」に聞こえます。何か別の名前はありませんか?と何人かにお尋ねしたことがあります。住持とか住持職ではない名称です。

福性寺の施餓鬼会(せがきえ4月23日)の説解師(=進行・説明担当者)である榎本博司僧正は、「道場長」と私を紹介してくれたことがありました。榎本僧正は日本の最高学府でも学んだ方で博学です。でも、落語もできるんですよ!(横道にそれました)

「道場長!」住職よりも動的で、新鮮な感じでしょうか?本堂(道場)の責任者の意味ですね。

それにしましても、住職、住持、住持職、山主、院主、方丈、道場長など「偉そうな(笑)」呼び方は多々あります。単なるご本尊様の代弁者・代理人に過ぎないんですけれど。「主」の入っている山主や院主はちょっと問題(ご本尊様に失礼)かなと。やはり「住職!」とか「住職さん」ですね。

なお、住職の住まい=庫裡(くり)は、「宗教法人福性寺」の所有物で(営利)会社の社宅と同じです。住職の所有物ではありません。もちろん、墓地・境内内の建物すべてが、「宗教法人」の所有物です。

「道場」については、以下もご覧下さい。

令和元年・2019年8月2日道場(1)東京オリンピックのヘーシンク選手と神永選手 礼に始まり礼に終わる

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4009

令和元年・2019年8月3日道場(2)お寺が道場 ヘーシンク選手・神永選手 礼に始まり礼に終わる

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4029


2020年2月26日

「最新ニュース/講演会情報」(=住職ブログ)のなかで、悉曇(しったん)とか、悉曇学という言葉を時々書いています。ネット情報とはちょっと違った角度から書きます。

悉曇学とは、ある時代の「梵字」(日本語では、いろは・あいうえお、に相当します)とその音韻の学問・発声を研究する学問とされています。

悉曇とは、サンスクリットのシッダム(siddham、完成・成就)に似た発音の漢字の組み合わせです。つまり音を訳したものです(音訳)。

父(田久保周誉師)は、仏教梵語(サンスクリット)や悉曇学の専門家といわれています。父の名前を検索してみて下さい。父や故久野芳隆教授(台北帝大教授)は、悉曇学を「梵字の古書体学」として、とらえ直すべきであると考えていました。

つまり、梵語の古文書(こもんじょ)の書体(歴史的に変遷があります)に関して、「批判」(書体の変化や異同などに検討を加え判定・評価すること)する学問とするべきと考えていたと思います。「批判」は学問上の「批判」で、(よく現代人が使う)否定的な意味は皆無です。非難ではないです。

相承(師から弟子に伝えていく)され現代に及んでいる書体には、相違した字形が伝承されています。しかし、「相承の書体であろうとも、これが梵字書体学史の上から明白に否定される場合には、これを拒(しりぞ)けて書体学の実証に従うべきである」と周誉師は述べています(「梵字入門」訂第4版、真言宗豊山派宗務所刊 昭和52年1977年)。つまり、インドで使われたことのない字は、使用しないと言うことですね。当たり前かなと。相承から「人文科学」へでしょうか?

詳しくは、田久保周誉著「批判悉曇学 第一編・第二編」初版 昭和19年(1944)真言宗東京専修学院、校訂増補版 昭和53年(1978)真言宗豊山派宗務所(東京)があります。校訂増補版の第一編は145ページ、第二編は190ページからなります。

田久保周誉著「批判悉曇学 第一編・第二編」初版 昭和19年(1944年)真言宗東京専修学院 校訂増補版 昭和53年(1978年)真言宗豊山派宗務所(東京)

また、梵語を構成する梵字の学問(悉曇学)であることから、当然、梵語の高度の専門家が当たるべきと考えていたと思います。あまりにも当然ですか?

詳しくは、田久保周誉著「批判悉曇学 第一編・第二編」初版 昭和19年(1944)真言宗東京専修学院、校訂増補版 昭和53年(1978)真言宗豊山派宗務所(東京)があります。校訂増補版の第一編は145ページ、第二編は190ページからなります。

「批判悉曇学 第一編・第二編」よりも解りやすいものとして、また「梵字入門」ではもの足りない方のために「梵字悉曇」(平川出版社昭和56年・1981年)が書かれたと金山正好氏が「梵字悉曇」の序文の中で書いています。

「梵字悉曇」については、最近の過去記事にも書きました。 令和2年・2020年1月20日

http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/5201

サンスクリット(梵語)については、以下の過去記事などにもあります。

平成30年・2018年10月11日 http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/1858

平成29年・2017年12月30日 http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/909

 

 


2020年2月20日

境内では梅は満開 安行寒緋桜も咲き始めています

境内では梅(左下)は満開 安行寒緋桜(右上)も咲き始めています カエルの鳴く声も聞こえます 墓参の皆様も増えてきているようです まだ若葉を見ることができません 美しい若葉も楽しみです

「最新ニュース/講演会情報」は「住職ブログ」を兼ねています。

今回「最新ニュース/講演会情報」に「キーワード検索」を追加しました。

「最新ニュース/講演会情報」の使い勝手が悪い!とのご意見を有難うございました。このため、検索機能を追加しました。「知りたいことをすぐに知ることができない」「昔の記事を容易に探しだしたい」ということなのでしょうか。検索機能の追加でよろしいでしょうか?

PC版ホームページ(HP)では、「最新ニュース/講演会情報」の左サイドメニューに「キーワード検索」があります。

スマートホン版HPでは、「一覧をみる」の最上段と最下段にあります。

さらに「使い勝手」についてご提案やご意見がございましたら、お教え下さい。


2020年2月16日

福性寺のお客間とご本堂には、「消毒用アルコール」が置いてあります。アルコールはインフルエンザ予防のためでした。10年以上(母が亡くなる)前からです。「住職がドクターだからですか?」と何度かご質問頂きました。

お客間や本堂に置くかなり前から、庫裡(住職の住まい)に置きました。最初は、免疫力の下がった母(故人)の新型インフルエンザ予防のためでした。当時、ヘルパーさんの出入りが増えていました。その後、お客間などにも置くようになりました。

今回の新型コロナウイルス対策のために、置き始めたものではありません。

本堂入り口のアルコール 左から消毒用アルコール・ティッシュペーパー、名刺サイズのショップカード(お店ではないのでテンプルカード?)、配布用「福性寺の歴史第7版」、壁ぎわは車椅子です

本堂入り口の机 左から消毒用アルコール・ティッシュペーパー 名刺サイズのショップカード(お店ではないのでテンプルカード?) 配布用「福性寺の歴史第7版」上方の壁ぎわは車椅子

昨日(15日土曜日)23回忌と3回忌、今日は3回忌のお檀家の法要がありました。三つの法要で合わせて40人ほどのご参加がありました。マスクはそのままで、ご本堂に入って頂きました。ほぼ90%の皆様がマスク着用でした。

また、今回は消毒用アルコールの減り方が早かったです。以前のインフルエンザ予防のためには、あまり減りませんでした。

法要にご出席のビルメンテナンスに関係した男性から、「ビルの中の消毒用アルコールがなくなり困っています」とお聞きして、驚きました。なくなる??使用してなくなるのではなくて、窃盗!でした。在家五戒・十善戒の「不偸盗」を思い出します。心が暗くなりますね。「他の人の安全をそこなうこと」ですから。

アルコールよりも、石鹼で手を洗うことの方が、効果があるのですが。手洗いが第一です。


2020年2月14日

昨日から安行桜が咲きだしました 通行の皆様からアレ!なんで?と質問されます

昨日から「安行桜」が咲きだしました 通行の皆様からアレ!なんで?と質問されます 外の区道や境内から写真を撮っている方もいます 背景の下の3分の2(灰色)はブロック塀です 

大学受験の合格電報の決まり文句に「サクラ咲く」がありました。最近は、暗証コードで個別に合否を知ることができるそうですね。残念な「思いで」ですが、私は「サクラ散る」が多かったです。

境内では例年よりも1ケ月ほど早く「安行寒緋桜」(もともと「染井吉野」よりも早咲きです)が咲きだしました。春のお彼岸には、葉桜となりそうです。春のお彼岸のために植えた桜ですが、お檀家のお楽しみを考えますと困った早咲きです。お檀家の皆様には、春季彼岸会(3月17日から3月23日・お中日は20日)の前にも墓参下さい。

この季節に亡くなったお檀家の奥様には、漢字の「春」よりも「梅」や「桜」をお戒名に採用することが多いです。釈尊(お釈迦様・ブッダ)やお大師さま(弘法大師)のお考えからみて、人生、心身ともに美しく、さらに「現世的にも美しい」という意味で用いてます。

ところで、桜で思い出すのは福島県三春町と岩手県雫石町の「弘法桜」ですね。名高いです。しかし、観たことがないのです。ようやく医師としての非常勤研究員も定年となります。観に行くことができそうです。


2020年2月11日

よく出かけるお店があります。お檀家です。開口一番「住職!カッコ悪いよ!!」(笑)「生活に困っているみたいだよ!困ってないでしょう?」(笑)全く怒りませんネー。お人柄を熟知していますので。

お寺の塀に「お檀家募集しています」というプレートがはってあることを言っているようです。これには深い訳(たいしたことないですけど)のあることを説明しました。ご説明の最後に「おかげさまで生活に困っていません。ありがとうございました」と加えました。

左から「ウエッブサイト」カッコ悪い!「お檀家募集しています」「掲示板(銀色のステンレス板)」です

山門左の公道からブロック塀と本堂を見ています 左から「町名番地表示(青地)」「ウエッブサイト・福性寺講演会/検索」「カッコ悪い!!・お檀家募集しています」「掲示板(銀色のステンレス板)」です 桜の樹の間に納骨堂が見えます 本堂と同じ青色のカワラとアイボリーの壁です さらに右端に山門の青い屋根が見えます

真言宗豊山派教師総合研修会(平成24年2012年2月29日)の講師であった野村證券株式会社金融公共公益法人部・部長のお話を福性寺の施餓鬼会においても講演して頂いたことがあります。

「人口減少に伴う寺院の衰退」に関するお話でした。お檀家からは「あんな話をさせていいのですか?」とかのご意見がありました。「構わないんです。福性寺は対策していますから」「お檀家にもこれからのお寺の将来を考えてほしいと思って」「後継者もいます」などとお答えしました。

その講演の中で、お寺の「不親切さ」について、いくつかの話題をお聞きしました。その中で「お寺の近くを通っても、お檀家になることができるのか・否かもわからない」とのお話を聞き、大いに恐れ入りましたね。このために例のプレートをはることにしました。

驚いたことに、はったとたんにお檀家になった方がおいででした(平成24年)。そのお檀家がいわく、住職もお檀家になるように言いませんし、墓地がもうないのかと思っていました。プレートを見てお檀家になりましたとのことでした。

なお、冒頭の「住職!カッコ悪いよ!!」様は、平成4年にお檀家になってからお知り合いなどをご紹介頂き、ご自身を含めて4軒がお檀家になりました。

また、本文の中に証券会社名が出てまいります。しかし、法人と住職は株の取り引きをしません。


2020年2月8日

喜捨(=布施)とは、故人の所有していた財物を残された者に喜んでもらえる形にして、返すという意味ですね。

人は物欲をなかなか断ち切ることができません。もちろん私もです(人並み以上?!と言わないで下さい:笑)。死後に財産を残します。故人の家族は、死後にその財産を世間・社会に返すことで、故人の滅罪と成仏を祈ります。病院・大学・自治体・町会・恵まれない方々などへの寄付もよく行われています。さらに、某大学医学部の同窓会誌には、付属病院あてに「追善供養のため」の寄付の芳名欄があります。素晴らしいと思います。

また、お菓子(葬式饅頭もそのひとつ)を配布することなどが普通に行われてきました。このようなことを書いていると古いといわれてしまいますか?町の中のお葬式では、小学校でお友だちから聞いて並んだ「黄色いキャラメル(森永製菓)の配布をよく思い出します」とある奥様(私と同じ世代)からお聞きしました。また、「お菓子袋を頂くのに、何度か並んだことがあります」とも60歳代のお檀家からもお聞きしました。子供時代の印象の深いできごとで、よくご記憶のようです。

令和2年2020年2月6日撮影 駐車場の紅梅

紅梅が満開です(令和2年2020年2月6日撮影 )通行の皆様から樹の名前を聞かれることがあります 通行の皆様に少しは喜んで頂いているようです 最近寺の北西に大きな老人ホームができました 寺の周囲の道の人通りは以前の数倍です

私が子供の頃(昭和35年1960年頃まで)、お葬式の時に、遊んでいたり通行している子供や大人に、お菓子の袋を配ることは普通でした。もちろん、私は寺の子供ですから、お葬式の日程は、いわば「内部情報!」でした。このため、列に並んで、よくお菓子を頂きました。なぜお菓子を頂けるのかは、父からよく聞かされました。もう少し前では、硬貨の入った袋や「おひねり」も配ったようです(父からの伝聞)。

子供や通行人などへのお菓子の配布=喜捨は、福性寺のお檀家では、昭和62年1987年の葬儀が最後でした。江戸時代からのご家系で、大きなご商売をなさっているお家でした。「アーいいな!意義深いな!」と思い見ていました。「ご供養ですから、お受け取り下さい」などと言って、お渡ししていました。

父の葬儀(昭和54年1979年亡)でも、母の強い気持ちから、お菓子やお砂糖(=時代を感じます)の配布をしました。また、寺のある堀船3丁目町会にも寄付をしました。

今では、お葬式が葬儀場で行われるようになり、すっかりお菓子の配布を見なくなりました。しかし、ずいぶん昔(50年近く前?)ですが、町屋葬儀場(火葬場)の外の歩道で、テーブルを用意して「喜捨のお菓子配布」を見たことがあります。

よい慣習・習俗(良俗)であったと思います。


2020年2月3日

枯れたヒマラヤ杉 枝をおろして明日伐採します

枯れたヒマラヤスギ 枝をおろして明日伐採します さみしいですね 残念!でも赤鬼・青鬼の持つ金棒(金砕棒)のように見えますね そういえば今日は節分会(せつぶんえ)です!福性寺のなか(神聖な境内地や墓地)には鬼はいませんけど 

令和元年2019年9月19日の過去記事(最下段)には、マコト造園様による樹木の消毒の写真があります。キャプションには「電柱の左に見えるヒマラヤスギの2本の樹が枯れそうです。樹が元気になる薬剤を使いましたが手遅れのようです。墓地の中にある別の樹も枯れそうです。福性寺の中ではヒマラヤスギは生きていくことができないのでしょうか?」と書きました。

山門左・区道沿いの2本がとうとう枯れました。また、白山堀公園側の1本も枯れました。3本とも通行の皆様の安全を考え伐採することにしました。枝をおろしたヒマラヤスギの幹を見てください(写真)。

私が子供のころから見てきた樹です。樹齢は100年近くでした。しかし、幹の太さは30㎝を超える程度です。栄養が良くなかったのでしょうか?

数十年にわたり、3代の植木職人様が剪定を重ね、形を作ってきた樹です。

見慣れた風景が変わりました。文字通りの「枯れ木も山の賑わい」であったことがわかります。風景が変わり、とてもさみしくなりました。山門からの風景も変わりました。しかし、墓地は明るくはなりました。

 ホームページのカバーの航空写真に元気なヒマラヤスギが見えます。「メニュー」の「境内のご案内」の「駐車スペース」のヒマラヤスギと比べてみて下さい。

過去記事 (http://fukushoji-horifune.net/blog/archives/4320)


2020年2月1日

去年、お檀家のご親戚から、お母様のお葬儀の執式を依頼されました。お二人でご来寺頂きました。ご家庭のなかで「お戒名と読経をお願いするのであれば福性寺の住職しかいないよね」と合意があったそうです。率直に喜ばせて頂きました。

ご親戚の墓参の時に、ご家族がお墓の清掃中、故人は私と世間話をしていることが多かったからでしょうか。「母を最も知っている坊さんは住職さんです!」私はニコニコでしたね。

しかし、お住まいの近くの「お寺付属の霊園」が分譲中で、そこにお墓をとりたいとのことでした。私が葬儀を執式したために、近くのお寺の霊園に墓所を設けることが、障害になっては申し訳ありません。再三再四(さらに五回以上?)、この点についてご注意をしました。執式を断る方向ですね。

寺の会計担当者(あいかわらず家内です!)からは、「ご依頼があるのですから、積極的に引き受ける方向でお話をできないのかしら?!」と・・・「口ごたえ」はしませんね。

再度、ご家族の来訪があり、お住まいの近くは、お寺の中(付属)といっても霊園で「どなたでも、どの宗教でも墓地を設けることができる!檀家になる必要がない!」ので、大丈夫とのこと。確かに、最近はお寺の中に宗教自由の霊園がありますね。

お戒名は「常に智慧をめぐらし、舞踏・ダンスを好み飛天のごとく優雅であり、釈尊(お釈迦様・ブッダ)の教えから見て心身共に美しく、人のお手本となる素晴らしい人生をおくった大姉(高齢の女性)様」です。お通夜、葬儀とも私が執式しました。院代も読経(助法)をしました。

20100126駐車場にある「マヌカ」の花です ニュージランド(NZ)の樹です 私NZは留学先です

駐車場の花壇にある「マヌカ」です ニュージランド(NZ)の樹です この花を観るだけで留学時代(NZ)の自由で楽しい思い出のためかとても気が休まります  ハチミツ・マヌカハニーの材料です でも福性寺のマヌカにはミツバチはこないですね

後日、ご家族はいくつかの霊園を見学して回りましたが、「ピンとこない」というのです。結局、福性寺のお檀家になりました。

楽しくておしゃれであったお母様向きのお墓が建立されました。墓石は薄オレンジ色です。明るい色です。帽子(笠石=火輪)をかぶっています。スマートです。立派です。立派なお墓とは、自然に合掌したくなるお墓です(「立派なお墓」の私の勝手な定義です)。

ご自宅は少し遠いです。しかし、お檀家は墓参と墓参の行き返り(帰り)がとても楽しいとのことです。

故人のご家族様に、福性寺に「ピンときて」頂いたのでしょうか?。でも、「ピンとこない」とは、何なんでしょうかね?「決め手に欠ける!決定打がない!」いや、違いますかね?「話すことや書くことでは説明できない心に響くもの!」でしょうか?ちょっと、密教的・真言宗的な感じですか?(笑)

 

また、機会をみて別の去年新しく入檀したご家庭を書きますね。


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